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熱田神宮略記

熱田神宮略記

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[#4字下げ]第三章 建造物[#「第三章 建造物」は大見出し]

[#7字下げ]一、本宮御敷地内の諸建物[#「一、本宮御敷地内の諸建物」は中見出し]

 一般の人に參拜を許さるゝのは、外玉垣御門の前であつて、その御門の横手から御垣内を拜し奉ると、一番奧に最も高く千木・鰹本の聳えて見ゆる御社殿が、即ち御正殿《ごせうでん》[#「御正殿」は太字]であつて、熱田皇大御神はこゝに鎭まりますのである。構造は神明造の檜皮葺である。その御正殿の兩側に、同じ構造の東寶殿《とうほうでん》[#「東寶殿」は太字]・西寳殿《さいほうでん》[#「西寳殿」は太字]がある。この周圍に内から數へて瑞垣《みづがき》[#「瑞垣」は太字]・内玉垣《うちたまがき》[#「内玉垣」は太字]・外玉垣《そとたまがき》[#「外玉垣」は太字]・板垣《いたがき》[#「板垣」は太字]の四重の御垣があり瑞垣、内、外玉垣の各南正面には神明造檜皮葺の御門がある。板垣には神明鳥居形の御門が附いてゐる。内、外玉垣の間の廣場を中重《なかのへ》[#「中重」は太字]といひ、正面中程に立つてゐるのを中重鳥居[#「中重鳥居」は太字]といふ。御祭儀は多くこの中重に於て執り行はれる。外玉垣御門の内側、右手にあるのは四尋殿《よじんでん》[#「四尋殿」は太字]で、雨儀の祭典の中重の行事はこの殿内で行はれる。板垣の南及び北の鳥居の内には夫々宿衞舍[#「宿衞舍」は太字]がある。  尚別宮御敷地内の建物は寶殿と北宿衞舍とを虧く外は、全く本宮と同樣で、單にその規模が小であるといふに止まる。

[#7字下げ]二、境内の主要なる建造物[#「二、境内の主要なる建造物」は中見出し]

五尋殿《ごじんでん》[#「五尋殿」は小見出し] [#1字下げ]三ノ鳥居の附近、參道から少しく西に入つた所にある。修祓・遙拜式・大祓行事などを行ふ場所である。 土用殿《どようでん》[#「土用殿」は小見出し] [#1字下げ]本宮の東方海上門を入つた正面に、權殿と並んで、その東側にある社殿である。舊本殿の一であつて、明治二十六年の御改造迄は天璽草薙大御劔を奉齋してゐた。現在の建物は永正十四年(昭和十七年より四百二十六年前)將軍足利義稙の造營に係ると言はれ、天文十一年に修造せられた。構造が特異であつて、俗に井樓造《せいろうづくり》といふ。 權殿《ごんでん》[#「權殿」は小見出し] [#1字下げ]赤坂假皇居内にあつた賢所であつて、明治二十二年七月二十三日畏くも 明治天皇の思召により當神宮に御寄進あらせられたものである。初めは八劔宮の御垣内にあつて、御饌殿として朝夕御饌供進その他の祭事を行つてゐたが、昭和十二年現地に移して權殿と稱し、御正殿造營、修理等の際の遷御の御殿となすに至つた。

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