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熱田神宮略記

熱田神宮略記

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九、振鉾 萬歳樂 打球學 陵王 長慶子
延喜學 狛鉾 納曾利
十、振鉾 賀天  甘州  還城樂 長慶子
地久 林歌 拔頭

[#2字下げ]醉笑人《ゑゑうど》神事[#「醉笑人神事」は同行小見出し]   五月四日  古くは會影堂神事とも書き、又俗に「オホホ祭」「於賀斯《おかし》祭」とも言ふ。天智天皇の七年に故あつて御神劔皇居に留まらせ給ふたが、天智天皇の朱鳥元年御神慮に依り、再び御還座遊ばされた時、社中擧つて觀喜笑樂した状を、今に傳へたものであるといふ。  此の夜神職一同は先づ舊政所に參進、末社|影向間《ようごうのま》社の前に於いて、笛役から夫々神面を受け、之を袖中に隱し持ち、下﨟二員が神前に蹲居し中啓を持つて、袖中の神面を交互に輕く叩く事三回、一回毎に微聲にて「ホホ」と唱へる。次に二員は起立して相對し、又同樣の所作を行ふ。畢つて、下﨟一名を中心とし、全員之を圍み、一齊に大聲を擧げて笑ふ事三度、此の時笛役は笑聲に合せて笛を吹くのである。  これで舊政所での行事を畢り次に神樂殿前、八劔宮前、清雪門前の順でこの行事を行ひ、清雪門前で紙面を納めて神事を終るのである。

[#2字下げ]神輿渡御神事[#「神輿渡御神事」は同行小見出し]   五月五日  前述の神劔御還座の縁故に因む神事であつて、その際「都を離れ熱田に幸すれど永く皇居を鎭め守らう」との御神託のまに/\、今も鎭皇門樓上に御神幸あり、はるかに皇居をみそなはし、皇城鎭護の祭典が行はれるので、古くはこれを神約祭と稱した。  當日は朝祭典があり、午後二時から神輿の渡御の御儀が行はれるのである。即ち同時刻兩宮司以下の祭員、供奉奉仕の神職神樂殿所定の座に着き、甲胃武者・伶人・輿丁等は殿前の庭に着床の上、出御の御祭典が行はれ、神輿は左の列次で鎭皇門に向はせられる。

鐵𨥅
鐵𨥅
大眞榊 大鉾 甲冑供奉員 伶人 人馬三頭
神寶棒持供奉神職
神寶棒持供奉神職
禰宜
御綱
御綱
 御翳
神  輿
 御翳
御綱
御綱
宮司 權宮司 隨從
神寶棒持供奉神職
神寶棒持供奉神職

 御順路は表參道を出て、市場町・中瀬町を經て鎭皇門樓上に着御、こゝにて祭典が行はれ、畢つて元の順路を經て還御あらせられる。

[#2字下げ]豐年祭[#「豐年祭」は同行小見出し]   五月八日 當官相殿の御祭神日本武尊は、東夷御平定に際し、御道すがら善く人民に農耕・養蠶・培綿の道


<trjpft> 「熱田神宮略記」: 前頁 | 次頁 近代デジタルライブラリーの当該頁へ <astyle><gstyle>新旧字混在</gstyle><kstyle>旧仮名</kstyle><tstyle>青空</tstyle></astyle> </trjpft>

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