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熱田神宮略記

熱田神宮略記

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はり、六日が即ち御芦《みよし》祭であつて、前日に社頭に飾つた吉棄物・凶棄物(俗にミヨシといふ)を御池に流したものである。  現行の祭儀は、前日拂曉神職一名白丁を伴つて、攝社青衾神社に置かれた芦を持歸り、二十本宛の束二把を作り、南新宮社殿内に納め、又十八本宛の束十八把を作り、社殿の横に臺を設けて、それに立てる。而して前の二束を社殿内に納める時には、昨年の古い分を取り出し、これと交換するのであつて、これが即ち御芦迎の儀式である。當日は禰宜以下祭員の祭典があり、終つて夕刻神職一名が南新宮社に至り、御芦を執つてこれを流却して、儀式が終るのである。

[#2字下げ]御田植《みたうゑ》祭[#「御田植祭」は同行小見出し]   六月十八日  攝社御田神社の例祭である。年殼の豐穰を祈る祭典が畢れば、八丁畷の齋田に於いて、御田植の式が行はれる。右の祭典には陪從の笏拍子につれて、白衣緋袴緋襷に挿頭花をつけた早乙女の優雅な田舞が奏せられるのである。  猶齋田奉仕の田人は地方の優良青年を選拔する例となつてゐる。

[#2字下げ]神輿渡御神事[#「神輿渡御神事」は同行小見出し]   八月八日  朱雀天皇の天慶二年、平將門が下總に謀叛した時、藤原忠文・源經基は勅を奉じて之が征討に赴く途中、當神宮に逆賊調伏の祈願を籠め、爲に神輿は愛知郡星崎の邑に渡御あらせ給ふた。その故事に倣ふて、神輿が神樂殿から攝社孫若御子神社に渡御せらるゝ神事がこれである。祭典行事の次第、行列の列次等は五月五日の神輿渡御神事と同様である。 [#改ページ]


<trjpft> 「熱田神宮略記」: 前頁 | 次頁 近代デジタルライブラリーの当該頁へ <astyle><gstyle>新旧字混在</gstyle><kstyle>旧仮名</kstyle><tstyle>青空</tstyle></astyle> </trjpft>

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