李太白集卷十五: :すんしん串きやくき【詩意】この一斗の酒を薄しといふ勿れ、わが寸心は、どうぞ忘れて吳れるな。今や客中に客を送り、50팔도このこころいたしこ故人の此を去るを惜んで、偏に遊子の此心を傷ましめる。別れの顏は、芳草の時を得たるを怨めしとに= :ごほuse手を擧げて、再三、眺め、春の思は、しだれかかる柳を結び、それで君の行を送るのである。かくて、:むな辭別の言葉を述べ、路の岐れる處に佇んで、空しく斷腸するばかりである。かくちうかくれこんぜんこ【餘論】鍾伯敬は「項聯、是れ客中客を送るの語、說き得て渾然として覺らず」といひ、乾隆御批にだつくりにin「古詩十九首より服化して出で、詞意倶に古、詠じて五六に至れば、羅森風流といふべし」とある。は、ちやうしやじんおく送張舍人之江東張舎人の江東に之くを送る張翰江東去.正値秋風時。ちやうかんかうとう: $張翰江東に去らむとし、正に秋風の時に値ふ。:がんとほこはんおそ天〓一雁遠。海濶孤帆遲天は〓くして一雁遠く、海は濶くして孤帆遲し。がた白日行欲暮.滄波香難期。白日、行く暮れむと欲す、滄波、杏として期し難し。= 1吳洲如見月。千里幸相思。吳洲もし月を見ば、千里幸に相思へ。【字解】【一】張輪晉書に「張輪、大司馬東曹操となる、秋風の起るに因つて、乃ち吳中の薫菜尊羹、鱸魚の論を思うて曰く、人生、適意を得るを貴ぶ、何ぞ能く覊官數千里、以て名爵を要せむや、と、達に駕を命じて歸る」とある。3千里楊素の詩に「千里悲無駕、一見香難期」とある。武:【題義】この詩は、張舎人の江東に之くを送つたのである、舍人の名字閱歷等は分らぬ。こxま古しへの張翰の如く、: y ,あ【詩意】君は、正に秋風の時に値うて、遽に江東に赴かれる。時しも秋、天は: :な·おaはくじつ〓くして、一雁遠く去り、海は濶くして、孤帆は行くこと遲いやうに見える。白日は、行くゆく暮れかいじやう1かだ늘くむとするも、海上の滄波は、査然として、いつ又逢へるか分らない。かくて、愈よ其地に著せし後、めいげつださいはひ둘吳洲に於て明月を見たならば、:녹n家千里を隔てて我あるを懷ひ、幸に相思の情を寄せて貰ひたい。ちやうしやじんちやうかんだじ【餘論】送られる人が張舍人であるから、同姓の因で、張翰を引き出したので、常套の故事を活用しきんてたものである。三四は、まことに名句で、嚴滄浪は「三四情境曠邀、望むべく思ふべし」といひ、おんこ: :か方虛谷は「一雁孤帆の句、亦た以て吾が道不遇の歎を寓す、下句、白日滄波を引き、行欲暮香難期ほんといふ、意、見るべきなり」といつた。なほ、一本には五六兩句を白日行已晩、欲幕脊難期に作つてある。送王屋山人魏萬還王屋 井序か、도王屋山人魏萬の王屋に還るを送る、えぞ并に序王屋山人魏萬云。自嵩宋沿吳。相訪數千里不遇乘興遊台越。經永嘉。觀謝公石門。後於廣陵相見。美其愛文好古.浪跡方外。因述其行送送張舍人之江東·遺王屋山人魏萬還王屋井序