李太白集卷十五が如しと。王献之、鏡湖澄澈、〓流瀉注するを望んで、乃ち云ふ、山川の美、人をして應接に暇あらざらしむ」とある。C八月枚乘筆七發中、觀濤の事を用ふ、すでに前に見ゆ。公三吳張輪杯管書に「張輪は、吳郡吳の人なり、心に任かせて自適し、當世に求めず、曰く、我をして身後の名を有せしむるも、卽時一杯の酒に如かず」とある。しいうじんれたんかたゑつちうさんすゐたづためしゆつはつおく【題義】この詩は、友人が南の方越中の山水を尊ねむが爲に出發するのを送ったのであうけたままけいざん;しやれいうんえんここかれおな【詩意】承はれば、君は稽山の方へ往かれるさうで、その地は、元と謝霊運に緣故のある處、彼と同ま:ねしよはやともそくわいけいさんすゐがんしうまほんがくながれじき才ある君にも、亦た大に宜しかるべき筈である。抑も、會稽山水の美は、千巖秀を競ひ、萬壑流をめんたとがんあひだせいせんそそおほんがくたこ, yみづ爭ふといつた通りで、その千巖の間には、〓泉が注ぎ落ち、萬壑の底には、樹が茂つて、そこを水がめぐながとうかいしんほうぎんへだよこたせいりようゑつわうだいあぐあるし禁り流れる。それから、東海は素望山を隔てて橫はり、西陵は越王臺を繞り、いづれも、好位置を占のほかくべつてうほうですさうきやうあかつきe쿨めて居るから、そこへ登れば、格別の眺望が出來る。湖水は、澄み切つて、霜鏡の曉に開くが如く、ばいじよう550しほみ雪山が押し寄せ來るかと疑ばれる。うたがこ눙よ八月の頃、濤は白くして、むかし、枚乘は、ここで潮を觀て、賦?まそのせんしようっちやうかんまたしミごかへを作つたといふが、さもあるべきことで、君も其先蹤を繼ぐべく、張翰は、又故國なる吳に歸つて、そくじいいもためし:かうじやう土そのとほなにとくわいけいさんするゆたおい卽時一杯の酒を樂んだといふが、君の高情も、亦た其通りである。何は兎もあれ、會稽山水の間に於てきようおほなてんだいさんほどとほこあいっは、逸與多かるべく、そして、名だたる天台山も、程遠からぬ處に在るが、何時そこに往かれるか、まけつかんきやくなこれも、亦た決して開却しては成らぬ。くわいけいさんすゐまrえんツしあつ6た【餘論】會稽の山水は、前に魏萬を送る詩中に詳しく述べ立ててあつたが、ここのは、わづかに六句、ここのは、わづかに六句、けいしょう?かんせつきえくんどへつくわみおのおの춘しかも、それで景勝を盡して居るのは、まことに簡切の極で、前詩と併觀して、各その妙を味ふべしゆだんじんじやうようりうしよきけいりんせんひやうたいはくてんく、これは、もとより大家の手段で、尋常庸流の庶幾すべきところではない。桂臨川の評に「太白天言いへういつちやうりつほふどせいげんだってせいこつほろ才飄逸、長律法度整嚴と雖も、しかも〓骨泯びず」とある。送族弟凝之滁求婚崔氏ぞくていぎよう:えさいし:へ族弟凝の滌に之きて婚を崔氏に求むるを送るせん與爾情不淺。なんぢじやうあさ2忘筌已得魚。れ爾と情淺からず、筌を忘れて、すでに魚を得たり。玉臺挂寶鏡。持此意何如.ぎよくだいはうきやうかニ=いたん玉臺、寶鏡を挂く、此を持して意何如。坦腹東牀下。由來志氣疎。たんおくとうしやう1·心しそ坦腹、東牀の下、由來、志氣疎なり。はるかしかうぜんcom ! 5さだa遙知向前路。擲果定盈車。くるま遙に知る、向前の路、果を擲つて、定めて、aくるま車に盈たむ。【字解】S忘筌莊子に「筌は魚に在る所以、魚を得て筌を忘る。歸は兎に在る所以、兎を得て歸を忘る。言ふは、意に在る所以、意を得て言を忘る、吾、安んぞ夫の忘言の人を得て之と言はじや」とあつて、陸德明の註に埃、香草なり、以て魚に餌すべ6。或は云ふ、果を水中に積み、魚をして依つて食はしむ。一に云ふ魚筍なり」とある。3玉臺世說に「温公、婦を表ふ。從站到氏の家、亂に値うて離散す、唯だ一女あり、甚だ姿慧あり、站以て公に屬して婚を覚む。公、害に自ら婚するの意あり、答へて曰く、佳塔得難し、但だ崎の比の如き何と云ふ、と。站、これを諸す。後、公、姑に報じて曰く、巳に婚を得る處を覓めたり、と。因つて、玉鏡臺一枚を下す、站大に喜ぶ。すでに、婚して、禮を交ふるや、文、手を以て、紗肩を披き、掌を拊つて笑つて曰く、送送族第凝之激求婚崔氏