李太白卷十五(一三)廻溪十六度。碧嶂盡晴空.他日還相訪.乘橋躡彩虹。へきしやうことごとせいくう碧嶂盡く晴空。はしむら橋に乘じて、彩虹を躡まむ。たにめぐと溪を廻ること十六度、た55あと他日、還た相訪はば、【字解】【一】四千仞、三十二峰題義の條に見ゆ。E菌舊說文に「未だ最かざるを菌首となし、すでに發くを芙蓉となす」とある。こ天目太平寰宇記に「杭州於潜麻に天目山あり、上に兩湖あり、左右の目の若し。故に天目と名づくるなり。山極めて高峻、上に美石泉水名茶多し」とあろ。E鍊玉處山志に「鍊丹峰、高さ八百七十切、相傳ふ。浮邱公、丹を峰項に鍊り、八甲子を經て、丹、はじめて成る。黃帝、七粒を服し、雪煙を藉らず、空に昇つて游戯す」とある。CO羽化仙人の形を解いて去るをいふ。8溫伯雪莊子に「溫伯雪、齊に適き、反つて善に舍る。仲尼、これを見れども言はず。子路曰く、吾子、溫伯雪子を見むと欲すること久し、これを見れども言はざるは何ぞや。仲尼曰く、夫の人の若きものは、目擊して道存す、亦た以て聲を容るべからず」とある。王琦は「太白、その名を借り、以て溫處士に喩ふ、謂はゆる河東郭有道、吾友揚子雪、洛陽蘇季子、笑對劉公榮の如きの順、集中甚だ多し、皆古人の名を借り、以て今人を謂ふ」とある。C採秀秀は芝草。〓白鴎嶺題義の下に見ゆ。〓丹砂井江南通志に「黃山の殊砂泉、殊砂峰より來り、巖に依つて二小池に連る、上池は螢激、廣さ七尺ばかり、深さ之に半す、豪髪皇すべし。泉、石底より出で、彙彙貫珠の如くして細えず、氣郡静、湯の若く、これを酌めば甘芳、蓋し他の硫黃泉の比に非ざるなり。浴者、垢旋ち流出し、織塵留めす、人をして、心境〓廓、氣爽に體舒びしむ。相傳ふ、沈疴の者、澡雪すれば立どころに差ゆ」とある。col風吹笙の聲をいふ。CE)雲車水經註に「中山の奮叔卿、華山の中に居り、常に雲車に乘じ、白鹿に駕して、漢の武帝に見ゆ」とある。CT)陸陽元和郡縣志に「陵陽山は、宜州涇縣の西南百三十里に在り、陵陽子明、仙を得る處」とある。CIO廻額曲調に同じCI乗橋山志に「天橋は鎌丹臺に在り、一名仙人橋、黃山の最險たり。兩峰絕ゆる處、各增石を出し、彼此相抵り、筍の綾するが若きあり、接して合はず、職くに似て斷ゆるが若く、登るもの、嘆じて奇絕と爲さざるなし」とある。王琦は「國經に載するが若きは、唐の開元中、鍊丹峰側に見はる。長さ三十餘丈と。近代謂ふ、蓮花峰の西南に見はると。又謂ふ、藥を採る人あり、橋下に宿し、橋上笙歌の聲を聞き、天明、橋を覓むれども見えず。皆虚誕信ならず、石橋、固より眞境、幻境に非ざるなり。方拱乾の避黃山記に、獅子峰を過ぎ、清凉臺に登り、天橋を瞰る、長虹の如く、巖の上に亙る、下りて、親ら積側に至れば、三石合成、兩石、橋柱の如く、一石これを覆ひ、柱下著くるところなく、繩を以て度るべし、上脊、五寸に盈たず、下大に岡しく、都城團の如く、俯して鳴絃泉を視る、恰も之を覆ふ、ここを去る四十里なるを知らざるなりと。乗橋顯彩虹は、蓋し天橋彩虹の如きを指すのみ。又武夷山記に、武夷君、八月十五日に於て、大に村人を武夷山上に會し、較事を置き、虹橋に化し、以て山下に通ずと。これ彩虹を以て、橋の以て乘原すべきものと爲す、又一說なり」とある。52しょうらんくわうざんきうめいえいざんせいほくたか【題義】方輿勝覽に黃山、舊名は夥山、徹州歙縣の西北一百二十八里に在り、高さ一千一百八十〓としやてん1かつたかせんきふy·ならびこのやま切」とあり、郡志に「その山、天を摩し日を憂するの高さあり、宣歙池饒江等の州の山、竝に是れ此山しみやくしよほうさ: iえんらんかぎりらいうむたかじやうどうしつがんとうぼくぜんみねの支脈。諸峰削成するが如きあり、煙嵐際なく、雷雨下に在り。その霞城洞室巖寶瀑泉は、峰としてれいぜんさんせいてほくちうたくのたいくわざん:〇あらざるなく、信に靈仙の窟宅。山勢西北中坼、これを望めば、太華山に類す。峰三十六あり、そのするげんまたらがんみづながくだ:あはせつかうみなもとだい水源亦た三十六、溪二十四、洞十有二、巖八、水流れ下り、揚の水を合せて浙江の源となる。第四峰にうるb i a上つたくわっていがめいようせいしふ:おな泉あり、沸いて湯の如く、常に殊砂を湧かす。世傳ふ、黃帝、かつて駕を命じ、容成子浮邱と同じくおまたせんにんさうげんたらけわうせつくわうざんづあん游び、丹を此に合す、その後、又仙人曹元の屬あり」とある。それから、王琦の說に「黃山圖を按ずじ#もんほううでいれいゆうにあしぎんせうげうurたまなもつとらるに、白鵝峰は石門峰鳥泥嶺の間に在り。志に云ふ、吟嘯橋は、白鵝嶺下に在り、名最も著はると。せんぼくさいいははしいまはくが造りはあけだ錢牧齋曰く、李白に送溫處士歸黃山白鷄峰の詩あり、今白鵝峰は三十六峰の列に在らず、蓋し三BラみなたかほかしよほうたかじんもRyほうしよほう十六峰は、皆高さ七百仞以上、その外、諸峰高さ二三百仞なるものは與からず、白鵝峰も亦た諸峰の送送溫處士歸黃山白鶏峰舊居