李太白集卷十五酸節凌遠松:同〓臥盤石斧氷嗽寒泉三子同二展;時時或乘興。往往雲無心。出山揖牧伯。長嘯輕衣簪昨宵夢裏還.云弄竹溪月。(今晨魯東門。帳飮與君別。雪崖滑去馬。蘿徑迷歸人。C相思若煙草。歷亂無冬春。しゆんせつゑんしようしのどうきんひたくき峻節、遠松を凌ぎ、同衾、聲石に臥す。おのかんせんくちすすおなこほり氷に斧して寒泉に嗽ぎ、三子、二履を同じくす。じじあるひきょう통わうわうくこころ時時或は興に乘じ、往往、雲に心なし。ぼくはくにちやうせういしんかろ:い山を出でて、牧伯に揖し、長嘯、衣箸を輕んず。さくせうひごいちくけいしろう昨宵、夢裏に還り、云ふ竹溪の月を弄すと。こんしんろとうもんちやういんきみわか今晨魯の東門、帳飮君と別る。毒1なめらかこ.じん±'去馬滑に、蘿徑、歸人を迷はしむ。さうしえんさう클れきちんとうしゆん相思、煙草の若く、歷亂、冬春なし。【字解】【一】兎置詩の國風に見ゆ。兎網。3文選李善註に「聲〓に云ふ、盤は大石なり」とある。CO斧氷競武帝の苦寒行に擔嚢行取新、斧氷持作ととるるに本づき、氷を斧で打破ること。三牧伯尙書正義に「曲禮に曰く、九州の長を牧といふ。王創に曰く、千里の外、方伯を設く、八州八伯と。然らば、牧伯は一で、伯は一州の長といふこと、牧は下民を牧養するといふ義」鄭玄は「殷の州收を伯といひ、虞夏及び周には牧といふ」とあつて、後人が太守を稱して牧伯といふは、これに本づく。3帳飮頸地に輾を張つて飮むこと。【六】雪崖雪の降り積れる崖壁。G歷亂整はざる觀。くたうじょこうさうほし)ひあざなじやくをうはやむて尾まつに少時、かんじゆん韓準·装政·はいせい李白·,いちやう張【題義】舊唐書に「孔巢父は、冀州の人、字は弱翁、早く文史を動め、かんじゆん韓準·装政·はいせい李白·,いちやう張【題義】しゆくめいたうべんそらいざんいて1ちくけいらづつえいわうりんこかうわいだけん叔明·陶酒とともに徂徠山に隱れ、時に竹溪の六逸と號す。永王瑛の兵を江淮に起すや、その賢を聞じうじこのこさうほあたたP ,しみ底はprp〓よなき、從事を以て之を辟す。巢父、その必ず敗るるを知り、身を側てて潜に遁る、これに由つて、名をとくそうほうてんみゆききふじちうかちうせんくわとうしうせうたうしうつっぎよしたいふかr役知らる。德宗の奉天に幸するや、給事中河中陝華等州招討使に遷り、尋いで、御史大夫を兼ね、魏博ごんあがいかんじゆんはいせいしみこうさうほにん李白のもないと宣慰使に充てられ、害に遭ふ」とある。して見ると、韓準·表政·孔巢父の三人は、游び仲間たきにんうちそろこミきざんっか,최(ため를このし{であつたのが、今次、三人打揃つて故國に歸山するに就いて、その行を送るが爲に、特に此詩を作つたのである。かりうどうさぎあみはむろんiとりようこそのあみからとでりようこ【詩意】獵人が兎網を張ると、無論、兎は取れるが、龍虎を其網に搦め取ることは出來ない。龍虎はうさぎをやうところ+をすところたしもとより、兎などの居る樣な處には住んで居らぬもので、それにつけても、住む處を擇ぶといふことだいかんえうせいうんこうざししんせんこちらまたほうSamは、第一に肝要である。されば、靑雲の志があつて、神仙の道を學ばむと欲するものは、高歌してがんこ皮だたわかんじゆんまことえいせんはいせいせいじやうte信に英〓の才士であるし、巖戶の間に隱るるを例として居る。ここに、我が友の韓準は、裴政は性情せいしんこうさうほいたましけつしゆつみん뇬にんしゆんせつゑんざんまつしの〓眞、孔巢父に至りては、更に傑出し、ともに、雲霞と親んで居る。三人の峻節は、遠山の松をも凌ぐかうさいきはしんみつLANE衾を同じうして大石の上おなこあのこほりたたわん、、そして、交際は、極めて親密であつて、に臥し、斧で氷を敲き破つて、かんせんくちす·天にんにんぶんもくげききようようくらゐまきようじようぢうきよで寒泉に嗽ぎ、又三人で二人分の木履を共用して居る位。時としては、興に乘じて、その住居から出てくbyいおなひしん來ることもあるが、さながら、雲の岫を出づると同じく、もとより、無心である。それで、山を出るしうぼくちやういふかうせういしんかろにんげんしやくろくなんぶと、州牧に長揖し、しかも、浩嘯して、衣簪を輕んじ、人間の爵祿などは、何とも思はない。予は、送送韓準表政孔業父還山六二五