李太白集卷十五:屋にはとり【詩意】龍虎は、もとより神靈あつて、馬の如く鞭策を受くべきものではなく、鶯風は雞の樣に晨を12司つて鳴くものではない。されば、海上の鶴は、もとより籠中の鶉と比すべきものでない。つまり、しくわんおもひ人にして高情あるものは、區區として、俸祿の爲に仕官して、窮屈な想を爲すべきものではない。わ달ゅたいれは獨り天地の成り行に任かせ、この身を視ること、浮雲の如く、たとひ、公卿輩と交際した處で、ほんしんらしゆくふえいふうきやうだいちう둘その本心は、煙霞と親み、出世間的願望を有して居る。わが叔父は、英風あつて、兄弟中、殊にすぐひさひびごとにんきみれたものとして知られ、久しく、牧民の官に居たが、さながら夢寐の如く、ここに任期が滿ちたといたつた蹴られる。ふので、その職を去ること、履を脫すると同じく、今次、愈よ、西、長安にそこで、寶公と날えんせきeぶんじんぼくかくせきじやうえんかかっ:いふ人が、爲に宴席を開かれ、風流の文人墨客どもは、盡く來會された。その席上、燕歌行を歌へば、元一せいめうがん*えいひとたその聲の精妙、胡雁を感じて、地に落ち來らしむべく、郢人の高調は、陽氣をして春に囘さしむべく、:00 : ,しゆつたつせいはせいしや意よ以て座席の興を添へた。それから、愈よ出立せむとするに就いて、征馬は、百たびも嘶き、征車ふ; :は、路上の塵を動かし、しきりに、催促する樣な氣色であるが、君は、躊躇して、なほ去らず、このBふaかつはなむけ륜わかれ四座の人を戀うて、別るるに忍びないやうである。予は、君の行を餞して、ここに駕を駐め、別を惜げんかんきいんぎんじやう風古しへの阮威に比すべきもので、んで、空しく、慇懃の情を盡した。予は、さながら、何の時か、竹えご¥したがた林の下に至り、叔父の阮籍に從つて遊ぶことが出來るか、唯だ其日を待つのみである。じ【餘論】龍皮謝、策策の四句は高人の官累を受くべからざることを言ひ、獨用天地心の四句は自分줄늘の事、季父有英風の四句は六父の事、竇公敵華筵の四句は離筵の事、じこ둥c :じ出立、餞離の四句は自己惜別の情を敍したので、竹林歩兵の一故事は、仕ゐてきせつあるから、この場合に極めて適切である。征馬百度噺の四句は、六父の叔姪の關係に本づいたものでさてこ500魯郡堯祠送吳五之瑯琊れ魯郡の堯祠にて吳五の瑯琊に之くを送るart堯沒三千歲。靑松古廟存。こ堯沒する三千歳、賣食、古廟存す。送行奠桂酒拜〓れ、けいしゆまひしんこん舞〓心魂。:行を送つて桂酒を奠し、舞を拜して心魂を〓うす。日色促歸人。連歌倒芳樽。Econo Bry日起、歸人を促し、連歌、芳樽を倒す。馬嘶倶醉起.分手更何言。를わかl馬嘶いて、倶に醉起、手を分つ、更に何をか言はむ。【字解】E奠桂酒楚辭に其桂酒兮椒葉とあつて、王逸註に「桂を切つて酒中に置くなり」とある。3心魂何用苦心魂に本づく。E芳樽劉孝綽の芳樽散ニ〓寒に本づく。E分手謝瞻の分手東城圖に本づく。【字解】E奠桂酒楚辭に其桂酒兮椒葉とあつて、王逸註に「桂を切つて酒中に置くなり」とある。3心魂江淹の請、何用苦心魂に本づく。E芳樽劉孝綽の芳樽散ニ〓寒に本づく。E分手謝瞻の分手東城圖に本づく。いえんしう£い¥【題義】通典に「魯郡は今の竟州、瑯琊郡は今の沂州」とあり、太平寰宇記に「堯祠は竟州瑕丘縣のBEぶ달こだ東南七里に在り」とある。この詩は、魯郡の堯祠に於て、吳五といふ人の瑯琊に還るを送つたのであるが、吳五その人の事は、一切分らぬ。送書郡堯岡送吳五之郵那心魂江淹の請、