李太白集卷十六人をして、藥を以て之を封ぜしむ。蛇、乃ち能く去る。因つて、其處を號して斷蛇邱となす。歲餘、蛇、明珠を喞んで以て之に報ゆ。珠、徑寸に盈ち、純白にして、夜、光明あり、月の燭らすが如く、以て室を燭らすべし。故に、之を隨侯珠といひ、亦た靈蛇珠といひ、又明月球といふ。莊子に「今且つ此に人あり、隨候の珠を以て、千仞の雀を彈せば、世、必ず之を笑はむ、これ何ぞや。その用ふるところのもの重くして、要するところのもの輕ければなり」とある。赤じやうしう【題義】唐時の宜春郡は、卽ち袁州で、江南西道に隸して、上州であつた。上州には、刺史長史の下生こ入2人なに司馬一人あつて、從五品である。この詩は、寶某が何か罪を得て、宜春の司馬に貶せられ、愈よ赴にんbに任するに際し、慰藉の意を寓して、その行を送つたのである。い千石〓【詩意】今まで、君は、天馬に白銀の鞍を置いて、得意に乘り廻はし、しづしづと入朝して、親しく: ;佐々がんごだ明主の歡心を承け、又雞を金宮の裏に國はしたり、雁を碧雲の端より射落したりして、天子の御側にごほかしようきようたらに奉仕し居た。それから、家に還れば、堂上に中貴人の輩を列坐せしめ、歌鐘興を添へて、〓夜、す최고君でに闌ならむとする頃に及び、まことに富貴榮華を極めて居た。しかも、料らざりき、一朝罪を得占ESて、遠く南方の宣春に貶調せられむとは。かくて、劍を拂うて長嘆し、まことに、感慨に堪へぬ有樣:うである。君の才德を以てして、今次の貶謫に遭へるは、たとへば、趙に傳へた和氏の壁が何者かに汚ま1%にされ、隨侯の明珠を以て、雀か何かを彈ずるやうなもので、まことに、不幸の至である。しかし、聖尺늘い上た:召し還されるに相違ないから、明の世には雨露多く、いづれ遠からぬ內に、一切の事が分つて、このだ上行の困難を厭はず、何事も運命と諦めて、兎に角、出かけたら善からう。しや【餘論】前半六句は往日の豪貴、後半六句は今日の貶謫で、結二句は慰藉の意を寓して居る。りんたうしやうぐん送羽林陶將軍羽林陶將軍を送る10〓あ將軍出使擁樓船。將軍出でて使して、樓船を擁す:江上旌旗拂紫煙。江上の旌旗、紫煙を拂ふ。(三)たニサ萬里橫戈探虎穴。萬里、戈を橫へて、虎穴を探り、@ほt三杯拔劍舞龍泉。三杯、劍を拔いて、龍泉を舞はしむ。莫道詞人無膽氣。道ふ莫れ、詞人、膽氣なしと、(출た、ty臨行將贈繞朝鞭。行くに臨んで將に贈らむとす繞朝の鞭。【字解】S樓船水軍載するところの船、すでに前に見ゆ。【二】拂紫煙東都賦に羽施掃霓、施旗拂天とある。co探虎穴呂蒙の語に「虎穴を探らざれば虎子を得ず」とあるを用ふ、詳に前に見ゆ。3龍泉創の名、すでに前に見ゆ。3繞朝鞭前に宇文太守に贈る詩に繞朝策とあつたのと同じ、朝を繞つて様を贈るといふ。ちしゃうぐんおのおりほくが【題義】唐書百官志に「左右羽林軍には大將軍各'一人正三品、將軍各三人、從三品、北衙のた禁兵を掌統し、左右廂の飛騎儀仗を督攝す」とある。この詩は、羽林軍に屬する將軍陶某が命を受けCoffee (めい2 iて、江南に使するを送る爲に作つたのであるが、如何なる使命を帶びて行くのか、その邊の事は、送送羽林陶將軍六七七