辛太白卷十六すうざんえいするでみなもときは:そこナつき來ない。嵩山は、頴水の出る處、その源は極めて〓い、われも、いづれは、其處に住む積りであるま:い:から、君は先へ往つて、待つて居て貰ひたい。そうべつじやうたいしたさふそうべつじ【餘論】起四句は送別の狀態、その下に臨當上馬時の二句を挿入し、あとは送別の辭。風吹日沒ひまレールヒせいいんえだうきふぢじぶんの二句は、比の體で、刻下の時勢を述べ、歸隱の止むを得ざるに道及し、結二句は、自分も、どうせおなところいとうろそうそうていかたへいはん40な同じ處に往くといふ意を逗露したので、層層遞下して、絕えて、平板の弊が無い。そこナつ其處に住む積りであるわれも、いづれは、まえいするc.たくちょ1すうしんかへ君は頴水の綠なるを思ひ、忽ち復た嵩岑に歸る。に)みみになかわた。そのこころあつ歸る時、耳を洗ふ莫れ、我が爲に、其心を洗へ。こころたしんじやうえい·8らいたづらなか心を洗はば、眞情を得む、耳を洗はば、徒に名を買はむ。しやこうつひあひともさうせい1謝公、終に一起、相與に蒼生を濟はむ。まえいするc.たくちょ1すうしんかへ君思頴水綠〓忽忽歸嵩岑。君は頴水の綠なるを思ひ、忽ち復た嵩岑に歸る。歸時莫洗耳.爲我洗其心.に)みみになかわた。そのこころあつ歸る時、耳を洗ふ莫れ、我が爲に、其心を洗へ。こころたしんじやうえい·8らいたづらなか洗心得眞情。洗耳徒買名。心を洗はば、眞情を得む、耳を洗はば、徒に名を買はむ。しやこうつひあひともさうせい1謝公終一起.相與濟蒼生;謝公、終に一起、相與に蒼生を濟はむ。【字解】【一】洗耳高士傳に「許由は、召して九州の長となす、由これを聞くを欲せず、耳を顯演に洗ふ」とあつて、その詳は前に見ゆ。S謝公終一起世說に「謝公、壓ば朝旨に遠ひ、東山に高臥す。諸人每に相與に言ふ、安石、肯て出でずんば着生を如何せむ」とある。きみえいぜんながれいちなつおこんにちこつぜんすーざんかへ【詩意】君は、頴川の流の綠に澄めるを懷かしく思ひ、今日、忽然として、嵩山に歸られる。しかこんにち今日、こつぜん忽然として、すーざんかへ嵩山に歸られる。【詩意】しかいやすうきんたきよいう:ねうきよ둘けが耳し、嵩山に歸りし後、許由の眞似をして、浮世の事は聞きたくない、汚されるのは厭だといつて、あなもこころあるよこころあら15ほんぶつしんじやうを洗ふことは爲さず、それよりも、我が爲に、その心を洗ふが善い。心を洗へば、意よ萬物の眞情を;なみみあらにきよめいしやあんせきとうざんかうどわ悟るやうに成るが、耳を洗へば、却つて、虛名を買ふに過ぎぬ。かくて、謝安石が東山に高臥して居ひとた消えた1とききたいんせいいといんかたものの、やがて一たび起つて、蒼生を濟つたやうに、時來れば、その隱棲を出で、われと共に天下きうさいを救濟しやうではないか。ぜんしゆ在にくこうさうちうかんよじ〓【餘論】前首の終なる頴水有〓源の句を承けて、構想したので、中間四句は、能く事理を得、まこいくけつぜんぜんいんじやをはひらかiiわすしよくぼうとに名句である。それから、結二句は、全然、隱者を以て終らず、天下の事を忘れぬことを囑望したい:せつじつaたいはくけつきやうしな%ので、その言ふところも、極めて切實、これを見ても、太白が決して狂士で無いといふことが分る。げんさうらうたいじやうざんだ글しゆび3)みなあひおうけんりうぎよひちんこくいくわいご嚴滄浪は「この格、常山の蛇の如く、首尾、中と皆相應ず」といひ、乾隆御批には「沈刻の意、快語コふいだ品いいしようを以て之を出す、聞く者をして、驚竦せしむべし」とある。同王昌齡、送族弟襄歸桂陽。二首わうしやうれい整ぞくていじやうけいやうだい王昌齡と同じく、族弟襄の桂陽に歸るを送る二首啓へきさうそ축せいそんたい秦地見碧草。楚謠對〓樽。秦地、碧草を見、楚謠、〓樽に對す。なんぢなにお는把酒爾何思.鷓鴣啼南園。もと酒を把つて、爾、何をか思ふ、蘭鴣、送同王昌齡送族弟妻歸桂陽なんゑんな南園に啼く。六九五