李太白集:まことに手際である。卷十六:月蝕西方破敵時。月蝕、西方、敵を破るの時、べからず。〓みよかへいま:おそ及瓜歸日未應遲.瓜に及んで、歸る日、未だ應に遲かるへんくわうかみづ斬胡血變黃河水。胡を斬れば、血は變す黄河の水、はくじやく) (三)首を梟す、:はた梟首當懸白鵠旗。當に懸くべし白鵠の旗。3懸白鶴族史記に「武王、黃鍼を以て、対の頭を斬り、太白の旗に懸く」とある。も知れない。【字解】E及瓜歸日左傳に「齊侯、連稱管至父をして、美邱を成せしめ、瓜時にして往く。曰く、瓜に及んで歸らむ」とある。3梟首漢書頗師古の註に「梟とは、首を木上に懸くるなり」とある。白勸旗は未詳、或は白鶴の羽を飾にしたがかせいはうやぶsおよていげつしよく期して待つべく、もと瓜期に及んで歸るといふ規定で、【詩意】月蝕に際し、西方の敵を破ることは、おひおひせますみやかこ홍こニくわうかろづくれなるへんその日も、追追迫つて來た。されば、速に兵を進めて胡虜を斬り、その血をして、黃河の水を紅に變:日はくじやくきかぜしむべく、やがて、首を梟して白鵠旗に懸けたらば善からう。ぜんしゆおなほとこごこthつうらん【餘論】この詩も、前首と同じく、殆んど每句故事を用ひてある。それから、三首を通覽すると、そだいちつぜんずみだれんさくま入の次第、秩然として、毫も紊れず、まことに、連作の體を得たものである。thつうらん三首を通覽すると、そ送于十八應四子擧落第還嵩山おうらくだいすうずんかへれ、于十八の四子擧に應じ、落第して嵩山に還るを送るてんじんまことむに吾祖吹秦筩〓天人信森羅.吾が祖、棄衞を吹き、天人、信に森羅。歸根復太素。動動熙元和。(4)ニたち〓現在歸根、太素に復し、羣動、元和を熙らぐ。(くせもえんえんしんじんちえんむね끝炎炎四眞人.搞辯若濤波。炎炎たる四眞人、摘辯、濤波の若し。:やうほくひ:交流無時寂。楊墨日成科.交流、時として寂なるはなく、楊墨日に科を成す。ふうし··性まお夫子聞洛誦.誇才才故多。夫子、洛誦に聞く、才を誇る、才もと多し。むし2た爲金好踊躍。久客方蹉跎。金と爲つて、好んで踊躍、久客方に蹉跎たり。(一〇) coご〓道可束賣之.五寶溢山河。道は束ねて之を賣るべく、五寶、山河に溢る。:흥.ハーかいしやく勸君還嵩丘:開、酌眄庭柯。君に勸む、嵩丘に還り、開酌、庭柯を晒みよ。三花如未落.乘興一來過. 6い魂三花もし未だ落ちざらば、興に乘じて一たび來り過ぎよ。【字解】S吾祖老子を指す。李白は、唐室と同姓で、老子の後と稱して居た。3棄舊老子に「天地の問、其れ猶ほ棄衞のごときか」とあつて、棄蓄は、ふいご。歸根老子に「萬物芸芸、各その根に歸る、櫻に歸るを靜といふ」とある。三太素列子に「太素は質の始なり」とあり、白虎通に「はじめて起る先づ太初あり、後に太始あり、形兆すでに成る、名づけて太素送送子十八應四子擧落第選當山