李太白集卷十六奴は、ど5:珠數繫ぎに首を縛られ、つ6しはあらむ限りの數を盡し、かぶ?まなんぢらPらうといつて、待つて居られる。汝等も、その積りで、そむやうほところに負かぬ樣にして欲しい。【餘論】ぜんほん前半四句は送別、そうべつこうはん後半は天子を借りて、ことかは:すなはこんこえん卽ち之を易める所以である。みやうねん明年、これを驅り立てて蒲桃宮に入朝するだかたほたうきうにふてうしん15ふんとう돈よ一身を抛つて、奮闘し、天子の豫期せらるるは破虜の功一日も早からむことを囑望したので、: 11 K5はやしよくぼうこれニンうこうしやうしんあんしたがほくせいごく送梁公昌從信安北征梁公昌の信安に從つて北征するを送るえいせんお上ゑんじう줄人幕推英選。指書事遠戎。ほく幕に入つて英選を推し、書を捐てて遠戎を事とす。だんばんぶ:高談百戰術鬱作萬夫雄。志せん福ら高く百戰の術を談じ、鬱として萬夫の雄となる。큰たれんくわえゆくゆ%めいげつ:起舞蓮花劍.行歌明月宮。起つて舞はす蓮花の劍、行く歌ふ明月の宮。〓Eいいんんうう將飛天地陣.兵しやうと1/5せん出塞垣通.將飛んで天地陣し、兵出でて塞垣通ず。@ 'tiそたんぜいをせいうさいこう祖席留丹景。征麾拂彩虹。祖席、丹景を留め、征麾、彩虹を拂ふ。旋應獻凱入.縣閣作深功.に:しけんりんかくしんこう旋つて、應に凱を獻じて入るべし、麟閣に深功を佇つ。【字解】E入幕雜幕に參與する。C百戰術百戰百勝衞の略。3蓮花劍漢書音義に「營灼曰く、古しへ、3古しへ、長創の首,玉を以て井鹿盧形を作り、上に木を刻して山形を作り、蓮花初めて生じて未だ數かざる時の如し」とあり、吳均の詩に玉鞭蓮花劇とある。〓天地陣六韜に「武王、太公に同うて曰く、凡そ兵を用ふる、天陣地陣を爲す、奈何。太公曰く、日月星辰、斗柄、一左一右、一向一背、これを天陣といひ、邱陵木泉、亦た前後左右の利あり、これを地陣といふ」とある。C寒垣邊牆に同じ'後漢書に「秦は長城を築き、漢は塞垣を起す」とある。E丹最日比.〓征麾廳は旌幡、指麾するに用ふ。〓麟通鑑漢紀に「甘露三年、上、式狄賞服せしを以て、股肱の美を思ひ、乃ち其人を麒麟閣に圖畫し、その容貌に法り、その官爵姓氏を署す。霍光、張安世、韓增、趙充国、腕相、丙吉、杜延年、劉德、梁邱費、蕭望之、蘇武、凡そ十一人、皆功德あつて、名を當世に知らる。これを以て表して、之を揚げ、明かに中興輔佐を著し、方叔召虎、仲山甫に列す」とある。CC佇待つ。きくにくるかいげんねんしやうとわつさくはうせつとふくたいしれいぶしやうしよしんあんぐんわうゐコ:かとうかほくりやうだうかう【題義】册府元龜に〓開元二十年正月、朔方節度、副大使禮部尙書信安郡王禕を以て河東河北兩道行ぐんふくだいそうくわんちぜつとじは:きつたん고ヒちうはいえうげいしよふくしやう:みちわか軍副大總管知節度事となし、兵を率ゐて、契丹を討たしむ。戶部侍郞表耀卿、諸副將を率ゐ、道を分はんやうきたいおほいりつうほんしうやぶしうちやうとりこよたうざんさんこくち兵を統べ、范陽の北に出で、大に兩蕃の衆を破り、その曾長を擒にす、餘黨竄して山谷に入る」としやうこうしやうしんあんぐんわうりゐトきつたんせいはつでごある。すると、この詩は、梁公昌といふものが、信安郡王李禕に從つて、契丹征伐に出かけるのを送: (る爲に作つたのである。:こんくらいしんあんそんわうはくちう上えらだひやうはん노【詩意】君は、今囘、信安郡王の幕中に入り、まことに、善く選び出されたといふ評判。かくて、書店ゑんじうせいほつ늘せんしようじゆつかうだんるばんぶ四しようを抛つて、遠戎を征伐するを事とし、百戰百勝の術を高談し、鬱として萬夫の雄と稱せられて居る。둘のたれんくわめいけん±めいげつきう此にもあつみてうことたいしやうその事なきに當りては、起つて、蓮花の名劍を持つて舞ひ、明月宮の邊に行歌し、一朝事あらば、大將〓FFぢんcいださいゑんcomこ는しゆんまいきばめゐに從つて、天地の陣を布き、兵を出して、塞垣の路を通ぜしめ、終始その雋道の氣〓を示して居る。送送梁公昌從信安北征