李太白集卷十六こんにちせいたいらくくわおほ今日靑苔覆落花。今日は靑苔、落花に覆はるみせいしんとうゑつ君去西秦適東越。君は西秦を去つて、東越に適く、(五)へきざんせいかういくてうこつ碧山〓江幾超忽。碧山〓江、幾超忽。てんがいにじんぶ若到天涯思故人。もし天涯に到つて、故人を思はば、くわんさせきじやうめいげつ3:浣紗石上窺明月。浣紗石上、明月を窺へ。しゆくはいかうにじわかかうとうヒやつくわんさせったいへい【題義】祝八の八は排行で、名字は分らない。江東は吳越の地。それから、浣紗石に就いては、太平ひぢよこわけん노ちよらさんはいしん:にぎよらんこうえうくわいけいきこうせんこと以て吳王に獻せむとし、諸暫苧蘿山の賣新の女、西御覽に引ける孔嘩の會稽記に「句踐、美女を索め、とじやうざんけうしふさんべんいしせいしくわんさせきたいへいくわんラしていたん大ま云ふ是れ西施の浣紗石」施鄭旦を得、先づ土城山に〓習せしむ、山邊に石あり、とあり、太平寰宇記じせいしくわんさところくわんさせなあとしよきけんちよらえんさんか·云ふ是れ西施浣紗の所と。に「諸曁縣に苧蘿山あり、山下に石跡あり、浣紗石、猶ほ在り」と記してめいしようたおのおのだいところ5いくしときでかうとうぎある。この詩は、祝八の江東に之くを送るにつけ、その地の名勝を擇んで、各題とした處が、李白くわんさせきしくわんさせきよいそのなかおいそうやついと送別の意は浣紗石を取り中て、因つて、この詩を作つたので、つまり、浣紗石を詠する其中に於て、:おを寓した譯である。うみてとごとゑつけいうただようくわうめいえんいじやう【詩意】西施は、もと越溪に生まれた女で、その容光の明豔異常なることは、雲なす海をも照らす位。いま:コきうでんまんか:のぞしやたつねそして未だ吳王の宮殿に入らざりし前は、河水に臨んで紗を浣つて居たとかいふので、その常に乘つるったレいまのC焼そうたうりはなたったいすゐちう글て居たと傳ふる石が、今でも殘つて居る。その石の邊には、桃李の花、新に咲き出でて、水中の古い十ぼくまみぎははしやうぶめだへいさうへだたうじすこ浮木に映じ、そして、汀に生える菖蒲は、やつと芽を出して、平沙の上に抽き出して、當時と少しもかはけしまおいこうふんよそほひないにし渉みづそのかげ:變らぬ景色。しかし、むかしは、その處に於て、紅粉の妝を爲せる西施が、流るる水に其影を映しいせきじやうあを〓ちくくわおーはひとおかんたが、今では、石上の靑い苔は落花に覆はれて、その人、すでに見えず、これを思へば、まことに感きみちやうあんとうゑつちょうとへきざんせいかうあひつらなみら慨に堪へぬ。君は、今、ここ長安を去つて、東越に行かれるので、3の目、碧山〓江、相連つて、道治てんがこじんすなはわれおもだいたくわんさせ烤い瓦も極めて遠い。かくて、天涯に至つて、故人卽ち吾を思ひ出したならば、浣紗石の邊へ往つて、の2층あいげつ달:ばこころそのつきよ155かん上に映ずる明月を見よ、われも亦た均しく君を思ふ心を其月に寄せてゐるから、それとなく、心に感うさうゐ得することがあるに相違ない。heいたかいもつぱくれんさせなけつにそうべついうっ【餘論】起首より今日靑苔覆落花に至る二解は、專ら浣紗石を詠じ、結一解に於て、送別の意を寫に2の二句を以て題意を完うしたのである。ちろんし出し、若到天涯思故人、浣紗石上窺明月そして、この例の我寄愁心與明月、隨風直到乾郞西と極めて如似し、きはちじまたまへ二句は、又前の藍田太白若可期、爲余掃へうりな:とかこくわんようひつほふ灑石上月と表裏を爲す樣にも見え、兎に角、慣用の筆法である。;一を送るく侯十しゆがいしん朱亥、すでに晉を擊ち、送侯十一(一)朱玄己擊晉。侯贏尙隱身.送送侯十一こうえい侯贏、なか、尙ほ身を隱す。七二一