李太白集送蔡山人我本不棄世。世人自棄我。一乘無倪舟。八極縱遠施。こ燕客期躍馬。唐生安敢譏採珠勿驚龍。大道可暗歸。(一七)故山有松月。遲爾翫〓暉。さいさんじんを送る蔡山人thr、じんおのづかわれ我、本と世を棄てず、世人、自ら我を棄つ。ひとむげい言복あましゑんだほしいまき一たび無倪の舟に乘じ、八〓、遠権を縱にす。あへそしえんかくLわけて生、燕客、躍馬を期し、唐安んぞ敢て護らむ。たまなかたいだうあんた珠を採る、龍を驚かす勿れ、大道、暗に歸るべし。こ故山、しようげつなんぢ松月あり、遲つ爾が〓暉を翫ぶを。【字解】【一】無倪舟倪は極際、卽ち無限に進行する舟。【ニ】遠権施は船尾、柁に同じ、かぢ。g燕客慕澤を指す、史記に「蔡澤は蒸人なり、諸侯に游學し、小大甚だ衆くして過はず。唐學に從つて相せしめて日く、臣の若き者は何如と。唐擧熱視して、笑つて日く、先生、易鼻巨肩、魅顏蹙觸腺擊、吾聞く、聖人は相せず、と。殆んど先生かと。蔡澤、唐擧の之に戯るるを知り、乃ち日く、富貴は吾が自ら有するところ、吾が知らざるところのものは毒なり、順はくは、之を聞かむ。唐擧曰く、先生の毒、今より以往は四十三歲と。蔡澤笑つて謝して去り、その御者に謂つて曰く、吾、梁刺齒肥を持し、馬を躍らして疾區し、黃金の印を體にして、紫綬を腰に結び、人主の前に揖讓し、肉を食うて富貴四十三年足れり」とある。【日】採珠莊子に「千金の球は、必ず九重の淵にして麗龍の領下に在り」とあつて、すでに前に見ゆ。3週待つ。こさんじんむくわん:〓pm蔡は山人といへば、もとより無官の處士である。ただ送といつただけで、何處へ往くのか分:ただ送といつただけで、〓pm何處へ往くのか分【題義】らない。さんじんみづかt、じんしぜんしかた【詩意】山人自ら曰く、われ本と世を棄てざれども、世人が自然にわれを棄てるから仕方がない。わたうてい定むげんしんかうふねじようきよくおとへういうれは、到底、世と相容れぬものである、と。かくて、無限に進行する舟に乘じ、八極の表を飄游し、からたいくわさんじんし1てうぜつてす柁の儘に任かせて、つまり、大化の中に縱浪して居る。山人の志操は、かの如く、まことに、超絕的さいたく:まさっみえた155である。むかし、蔡澤は、馬を躍らす樣な、立派な身分に成りたいと心に期して居たが、唐擧は、そ) $こころざしま:つひの人相を見て、これを議らなかつたといふので、志あるものは、自然、その相にも顯はれ、且つ終じやうじゆちんしゆやしたとに成就するものである。しかし、珍珠は龍の頷の下に在るから、これを采らむとして、龍を驚かしてたいだうたあん,へうめん:かかかたさんじんは成らぬし、大道は、唯だ暗に歸〓するを得るので、表面から騒ぎ立てて懸つても仕方がない。山人んか굴むらんせいこうは、今、遠遊せむとし、その志ざすところは、如何なる事か知らぬが、注意さへすれば、無論成功すしようかんフけうえい:로安全:せいくわう3) :西る。しかし、故山なる松間の月は、皎瑩、舊の如く、汝が歸り來つて、〓光を弄するのを待つて居るせいこうぢんせい륜おだしミたCiseざんねんきから、たとひ成功した處で、久しく、塵世に留まらず、必ず此に歸つて來て、長閑に殘年を送るが善からう。〓へいぜいくわいはう굴けつ三いさんじん【餘論】この一首は、李白が平生の懷抱を述べたもので、殊に結二句は、その理想である。今、山人おくとさんじんじんぶつを送るに際して、覺えず、これを吐露したものと見えるので、これにつけても、山人の人物も、さこさうかうそと想像される。さんじん山人さこ送送蔡山人