李太白集卷十七するあんけんしこなくわうとくあらたぼくほん를cしたれいじおほと綏安縣、至德二載、名を廣德と更む」とある。それから、繆本には德の字の下に一の令の字が多くマにくわうとくなしわんじすよひと:なつて居る、すると、これは、矢張、廣德の令であらう。この詩は、韓侍御といふ人が外を乞うて、おくくわうとくげんれい上さんを送つて作つたのである。廣德縣令となり、その地に赴任するのま:じぎよしまさたちよくしけんしよくをきうだんたいげんにず【詩意】君は、曩に侍御史として、部下縮衣直指の顯職に居り、糾彈の大權を握つて居て、すばらおよいきほひわれわれみかくべつえいよ今えしい勢であつたが、吾吾の目から見れば、格別榮譽とするにも及ばぬことであつて、それよりも、にちけんれい二にんはうほどよろもようい는かたむ;日縣令となつて赴任される方が、餘程宜しく、ここに、酒を用意して、君と共に傾ける。かつて、東たうえんめいえ用明の色を贈り蓄へ、いう350むたらんすゐかうか古しへの陶淵明に比すべき君を送ら山に就いて、夜もすがら、爛醉浩歌して、いちうと思ふのである。せつかくべつ··こうはん↓よじやう1 350【餘論】この七絕は、格別の物ではないが、後半は、流石に餘情がある。除月色とへば、月の光をもらたおょながおんかこのかうおく貰ひ溜めて置き、つまり、夜を永くし、そして、離歌して此行を送らうと思ふといふ意である。はくうんのうたいうじんおく白雲歌、送友人白雲歌友人を送るそざんしんざんはくうんおほ楚山秦山多白雲。楚山泰山、白雲多し、ほくうんしよしよシい··〓白雲處處長隨君。白雲、處處、長く君に隨ふ。君mにtざん'君今還入楚山裏。今、遠つて入る楚山の裏、tふしたがしやうすゐわた雲亦隨君渡湘水.雲、亦た君に隨つて湘水を渡る。すゐじやうちよちいはくうん水上女蘿衣白雲.水上の女蘿、衣は白雲、:ぐわはやきみはやた早臥早行君早起.早く臥し、早く行き、君早く起て。そうしえせつしまだあん【餘論】蕭士賛の說に「この詩は、すでに前(第六卷)に見ゆ、inはつおとしょほんいまかいてい此は尾語やや拙、恐らくは、是れ初本未だ改定を經ざるもの、よかいしやくりやく仍つて、此では解釋を略すことにした。〓;おなただ首尾數語のみ同じからず、しかも、±元そん今、兩つながら之を存す」とあつて、つうぜんじなんりよういんじやうじかへおく送通禪師還南陵隱靜寺通禪師の南陵の隱靜寺に還るを送るわれきいんじやうじさんすゐしようおほ我聞隱靜寺.山水多奇蹤。我聞く隱靜寺、山水、奇蹤多しと。(一) Mらうこうたちばなうxふかはいとき)巖種朗公橘。門深杯渡松。巖には朗公の橘を種ゑ、門は深し杯渡の松。だうじんまうこだ눌ふるこほかへ道人制猛虎。振錫還孤峰。道人、猛虎を制し、錫を振つて、孤峰に還る。たじつなんりようあひきこくこうあ他日南陵下。相期谷口逢。他日、南陵の下、相期して谷口に逢はむ。送白雷歌送友人·送通禪師還南陵隱靜寺