李太白集卷十七Rifはだえだでうでうなび: &わかれと見まがふばかり、柳は葉を抽き出し、萬條の枝の裊裊と靡く樣は、煙に似て居る。そこで、別を惜定わかるはおくいんで、壺中の美酒を傾け、さて愈よ手を分つといふ時には、饒として、馬鞭を贈つた。今しも、細い:がんじやうすうじつ新月がほのめいて見えるが、これから、君が頴川の岸上に往き著く頃には、すでに、十數日を經過し、:00志かくなんぎしたがこの月も、きつと圓くなるであらう。旅は、兎に角難儀なもので、從つて、手間が取れ易いから、精精氣を付けて行くが善い。わ法正숲【餘論】滄浪詩話に「太白の詩、斗酒渭城邊、墟〓醉不眠は、乃ち〓參の詩、誤つて編入す」とある、〓ぶんゑんえいくわしんさんきだい사王琦は之を承けて「按ずるに、文苑英華、亦た此詩を以て岑參の作となし、題を送楊子」といひ、岑はやせ亦た之を載す」集といつて居る。して見れば、最早、疑を挟む餘地も無いので、無論、岑參の詩で一八月、どうじだい3줄あやまある。しかし、同時代の人で、その風調も、時に相近いものがあるから、かくの如く誤られまたげんすうらうぜんれん55こんじんるのであらう。それから、又嚴滄浪は前聯を評して「今人これを爲さば、卽ち村學究の課聯と成らむ」:といつたが、これは尤も至極と思はれる。江上送女道士諸三〓遊南嶽せいなんがく江上にて女道士褚三〓の南藏に遊ぶを送る頭戴蓮花巾:ごあつちよだうしおつ、吳江の女道士、頭に蓮花巾を戴く。頭戴蓮花巾:吳江女道士。€だいあめ〓霓衣不濕雨。特異陽臺神。霓衣、雨に濕はず、特に陽臺の神に異なり。急1ふんいう눔足下遠遊履.凌波生素塵。足下遠遊の履、波を凌いで、素塵を生ず。嶽。〓見魏夫人。にんち:ま+じん尋仙向南仙を尋ねて南嶽に向ふ、應に見ゆべし魏夫人。【字解】【一】蓮花巾太平御覽に引ける登眞隱訣に「太元上丹靈玉女は、黨華芙蓉巾を戴く」とある。E陽臺神巫山の神女が且に朝雪となり、暮に行雨となり、朝朝幕暮、陽臺の下といへること、すでに前に見ゆ。3遠遊履洛神賦に踐遠滿之文展、曳ニ露結之輕番、凌波波徵步、羅模生塵とあつて、呂向の註に「遠避は履の名、水波の上に步す、塵を生ずるが如きなり」とある。三魏夫人南岳魏夫人傳に「醜夫人は、晉の司徒劇陽文廉公舒の女、名は華存、字は賢安、幼にして道を好み、靜默恭謹、志、神仙を慕ひ、眞を味ひ、玄に耽り、冲擧を求めむと欲し、氣液を吐納し、攝生夷靜、世に住すること八十三年、管の成帝咸和九年、歲甲午に在るを以て、太乙元仙、動車を遺して來り迎ふ。夫人、乃ち劍に話し、形を化して去る。位、紫虚元君領上眞司命南岳夫人たり、秩を仙公に比し、天台大霍山を治めしめ、洞臺中、下訓を主り、道を來じて〓授す」とある。それから、當に仙となるべきもの、男を眞人、女を元君といふとのことである。ちょだうしせい달わかご:0ミ【題義】女道士褚三〓は、如何なる人か分らぬ。唐代に於ては、老子を以て其祖となし、厚く之を尊15かだうけうほ=だうくわんちょだうしやゐふんおほなんがく且つ道〓を保護した爲に、道觀が非常に殖え、ぶそして、女道士も隨分多かつた。南嶽は卽ち衡崇し、ぎんかうざんけんほしいこ山、今の湖廣衛州府衝山縣の西北三十里に在つて、衡陽縣及び長沙府の界に接して居る。この詩は、ちよだうし:せいかうざんあそ實揚子江上に於て、女道士の褚三〓といふものが、衡山に遊ぶのを送つて作つたのである。いただいしやうちよだうしさ꿀Co能しへ【詩意】吳江の女道士褚三〓は、頭に蓮花巾を戴き、虹の如き衣裳は、雨に遇つても濡れず、送江上送女道士補三〓遊南嶽だいあめ〓霓衣、雨に濕はず、特に陽臺の神に異なり。1ふんいう눔足下遠遊の履、波を凌いで、素塵を生ず。にんち:ま+じん仙を尋ねて南嶽に向ふ、應に見ゆべし魏夫人。能しへ