李太白集卷十七えうぜん:しんぜん쿨ひとかいじやう〓동こ〓かて、香然たる樣は、さながら神仙の如くである。すでにして、その人は海上の月に乘じて來り、帆影:ち)쥬psoたうちやくaおやだくにんにちわんせんじつは湖中の天に映つて見え、漸く到著した。そこで、一たび相逢うて二諾なく、今日歡を爲せば、前日:〓おなんぢすなはわげいれんbませつたんこためかうらくにも勝つて居るやうに思はれる。汝は、卽ち吾が惠連であるが、吾が才、拙にして、汝の爲に康樂たむたちしゆじゆざんいんは遺憾である。いおあらたしにんること能はざることは、まことに今や、汝は朱綬銀印を佩び、新に司馬に任ぜられて、はやう一は:ふうげいしようもんざんもうだうあた都陽の地に赴任するとのことであるが、都陽は、風景の善い處で、松門山は、その中道に當り、そしけうげうせいくわうはんえい1きかんゑつと〓すゐていて、石鏡は皎皎として、〓光を反映し、扇を搖かしつつ、干越渡に往けば、そこには、水亭があつて、6:00술短なんちやくそくおいふたたBissニ風氣殊に涼しさを覺える。ここに、汝と約束して、干越亭に於て、再び相見やうと思ふので、その期みに16ちうしう$は、秋月の滿つる頃、卽ち仲秋の十五夜にしたい。かくて、その時が過ぎても、ひよつと往かなかつなにじだたのなんぢわれやうきやうおいたがひだんちやうおもひたならば、何か事故の起つた爲で、汝と我と、兩〓に於て、互に斷腸の想を爲すであらう。ここより$ご澁がんあひだはうれいこ:に眺めやれば、此方の吳山は、遠く其方の楚岸に對し、その間には、彭盡の湖水があつて、これを隔てへいせいさうした글きはじやうたて居る。されば、平生の相思は、定めて此の如く、終年の愁を窮めて、長しへに、情に堪へぬことである。しおとうとじんやう(に도じ·あくわん【餘論】起首八句は、弟の薄陽に來るまでの事を敍し、一觀無二諾は、相逢うて歡を盡したることはやう12:おたおいさいくわいを述べ、朱紋白銀章の六句は、都陽の風土を思ひ、與爾期此亭以下は、他日その地に於て再會しやそうべつせいぶんうといふ意を述べ、送別の正文としたのである。じ·あくわん相逢うて歡を盡したることたおいさいくわい他日その地に於て再會しやかうしよしゆくうん校書叔雲に饒すせうねんはくじつBigsかせうしゆがんき少年、白日を費し、歌笑、朱顏を矜る。たちますでしゆんぶうか知らず忽ち已に老い、喜んで春風の還るを見る。じゃんをしかくわんなはいくわいおや別を惜んで、且つ歡を爲し、徘徊す、桃李の間びせいざん花を看て美酒を飮み、鳥を聽いて晴山に臨む。ばん歩ちくりんなき갈むなくわん晩に向つて、竹林寂たり、人なくして空しく關を閉づ。餞校書叔雲ミ少年費白日歌歌矜朱顏.不知忽己老。喜見春風還;惜別且爲歡.徘徊桃李間。看花飮美酒〓聽鳥臨晴山。〓〓C向晩竹林寂。無人空閉關。【字解】【一】費白日歲月を徒消すること。E竹林寂管書に「阮威、任達にして拘はらず、叔父籍と竹林の游を爲す」とある。Ec閉關門を閉づる、江淹の恨賦に閉關却搭、塞門不仕とある。かうしよらうをこゑんかうはなむけミ【題義】これは、校書郎の職に居る〓父の李雲といふものの遺行を儀して作ったのでせうねんむ六さいげつにつせきか:こうがんつやつや른わか【詩意】少年の頃には、無益に歲月を徒消し、日夕歌笑しつつ、紅顏の豔豔しく、わが年の尙ほ若いこつぜんwしゆんぶうかへ味はな六九六ことを矜つて居た。かくて、忽然として、すでに老境に向ひしをも知らず、春風歸り來り、花の再び:君の行を送らむとし、わかれこくわん咲き出でたのを喜んで居た。ここに、別を惜むが爲に、しばらく、歡を爲し、thたけなはた、あひだはいくわいはなびbち1本折から、花正に酣なる桃李の間を徘徊し、やがて花を看つつ、美酒を飮み、のどけき鳥の聲を聞きついお絶しとかん:ひ:さびつ、晴れた山の景色を見下ろして樂んで居る。兎角する内に、日將に暮れなむとすれば、竹林も淋し送〓汶書叔雲任達にして拘はらず、叔父籍と竹林の游を爲す」と