李太白集卷十七せいきよう2そはうかたたきしよこうがやうほう:れんしやうの詩を邀ふ。〓興を中流に動かし、素波に泛んで徑に去る。諸公仰望すれども及ばず、連章これを祖오だ子を起すを慙づ、は店めいげんしゆくわんさくしやわれに法庭ぶしやうしなとす。序、輒ち名賢の首に冠す。作者我を嗤ふ、乃ち撫掌の資と爲すか。衡山蒼蒼入紫冥。かうざんさうさうしいい衡山蒼蒼として紫冥に入り、【字解】【一】衝山方奥勝覽に下看南極老人星。下に看る南極老人星。「南岳、一名衡山、衡山縣西三十里(に在り、蒼.山を以て罫に名づく」廻廳吹散五峰雪。くわいへうふcaほう廻懸吹き散す五峰の雪。とあり、湘中記に「度、斗衝に應じ、むつろひ往往飛花落洞庭。6どうてい최往往、飛花、洞庭に落つ。位、離宮に値る、故に衝山といひ、又霍山と名づく」とあり、南岳記に:がくひいかくごと氣〓嶽秀有如此。氣〓く、嶽秀でて、此の如きあり、」「衝山は、朱陵の霊臺、太虛の寶洞、らうしやうかむ上、異軫を承け、萬物を針纏す、故に郞將一家拖金紫。郞將の一家、金紫を拖く。衡山と名づく。下、離宮に關し、火郷もんぜん食客×うんした門前食客亂浮雲。ふ門前の浮雲を亂し、を統攝す、故に南岳と號す。赤帝、そ(五)世人皆比す孟嘗君。じんみなひまうしやうくんの嶺に館し、祝融その陽に宅す、軒世人皆比孟嘗君.轍に違び、潜霍二山を以て副とす」江上送かうじやうかうおくはくへき行無白璧。江上、行を送つて白壁なし。とあり、長沙記に「衝山、軒翔登拔九のぞちうちやったんわか千餘丈、尊卑參差七十二峰、巖洞溪臨歧惆悵若爲分。歧に臨んで惆悵、若爲して分れむ。潤泉石の勝、その中に交錯す。又數十洞、十五巖、三十八泉、二十五溪、九池、九潭、六源、八橋、六井、三井、三角、これ最も著はるるもの。七十二峰、最も大なる【字解】【一】衝山方奥勝覽に「南岳、一名衡山、衡山縣西三十里に在り、蒼.山を以て罫に名づく」とあり、湘中記に「度、斗衝に應じ、位、離宮に値る、故に衝山といひ、又霍山と名づく」とあり、南岳記に「衝山は、朱陵の霊臺、太虛の寶洞、上、異軫を承け、萬物を針纏す、故に衡山と名づく。下、離宮に關し、火郷を統攝す、故に南岳と號す。赤帝、その嶺に館し、祝融その陽に宅す、軒轍に違び、潜霍二山を以て副とす」とあり、長沙記に「衝山、軒翔登拔九千餘丈、尊卑參差七十二峰、巖洞溪潤泉石の勝、その中に交錯す。又數これ最も著はるるもの。七十二峰、最も大なる六井、三井、三角、もの五、視融、紫蓋、言害、石麻、天柱、而して、祝融、最高となす」とあり、水經註に「湘水、又北して街山麻東を徑す、山は西南に在り、三峰あり、一は紫蓋と名づけ、一は石廳と名づけ、一は容峰と名づく、容峰最も竦條と爲す。遠くより之を望めば、蒼蒼として天を醒す。故に羅舍云ふ、望めば陳雪の若し、〓露素朝に非ざるよりは、その條を見ず。丹水、その左に湧き、醴泉、その右に流る。山經、これを胸睡山といふ、南岳と爲すなり」とある。【二】南極老人星史記の天官書に「狼の北地に大星あり、南極老人といふ、老人見はるれば治安、常に秋分の時を以て、これを南郊に候す」とあり、晉書に「老人の一星、弧南に在り、一に南極といふ、常に秋分の旦を以て最に見はれ、春分の夕にして丁に沒す。見はるれば治平にして主毒品」とある。C1廻旋風。三金紫陸機の謝平原内史表に懷金推〓とあり、後漢書に「聖恩横に加はり、猥りに金紫を賜ふ」とあつて、章情太子の註に「漢官儀に日二千石は、金印紫綬なり」とある。C孟害君史記に「孟嘗君、薛に在り、諸侯の賓客を招致す。及び亡人の罪あるもの、皆孟書君に歸す。孟嘗君、業を舍てて厚く之を通す、故を以て、天下の士を傾く。食客數千人、貴賤となく、一に文と等し」とある。5遺行無白壁呂氏春秋に「邸成子、魯の爲に膏に聘す、衞を過ぐ、右宰穀臣、止めて之を筋し、酒酣にして、之に送るに腱を以てす」とある。くわんしさゆうゑいにエたしさいうしゆつふみたらうしやうまたほんくわん【題意】唐書百官志に「左右十四衞、及び太子左右六率府、皆郞將あり、乃ち五品官なり」とある。かうやうたうじぐんのいすなはかうしういうなんせいだうらうしやうちんぽう当衡陽は唐時の郡名、卽ち衡州で、江南西道に隸屬して居た。この詩は、諸公とともに、郞將陳某の衡:ば" (しんCにふしやう生たi陽に歸るを送つて作つたのである。陳の名字閱歷等は、例の如く不詳。それから、序の大意は-孔したびびとしうせいだうとほんそうぶんわうふんめいまじうじゆんだいてんまぬか子は旅人で、終生、道途に奔走し、文王は、内、文明にして、外、柔順、それで、やつと大難を免れ순そのときえぜいけんまたおとほi 1. :た。苟くも、其時を得ざれば、聖賢でさへも、眉を低れて、苦んで居るので、まして僕の如き不肖のせんちくこあもつとばんころひら:ぷことごとしん者は、遷逐の厄に遭うて、形容枯槁するも、尤も千萬な事で、朝に心開かず、暮に髪が盡く白くなる送輿諸公送陳郎將歸衛陽井序