李太白集卷十七ヒまたあやまりたか2ゑんじんおくむにはな: (固非の非の字は亦の誤であらう)そして、高きに登り、遠人を送れば、愈よ以て、愁を增すばかり。もんらうしやうひとふうりんぜんえいしいつゆつ決たいさうじやうおろitとうりうゆここに、陳郞將といふ人は、義風凛然、英思逸發、來つて撮を曹城に下して、暫く逗留し、去るに臨きとしこせいきようちうりうごそは:店はつていしみて、才子の詩を求められた。しかる後、〓興を中流に動かし、素波に浮んで、愈よ發程して仕舞つ崇しよこうなごきげやうぼうおよよあいあいLぶんのを作つて之を送(た。諸公は、名殘を惜んで、これを仰望するも及ばず、仍つて、銘銘に詩だの文だこのじよらうしやう上だ;かんたんでつた。予の此序は、郞將をして「予を起すもの」といふ樣に感歎せしめることの出來ないのは、まこはづめいけん店とら365志taあつばれさくしやわれけいべつとにお愧かしいが、名賢の初に冠して、第一に置かれて居る。されば、天晴な作者は、吾を輕蔑し、にてたたcざいれうみあひ觀つて手を的いて美ニ材料とするであらう-先づかういふ意味合でかうざん3さうたかおほぞらこいただきのきやくかなんきよくらうじんせいa【詩意】衡山は、蒼蒼として、高く大空に聳え、その頂に登れば、脚下に南極老人星が見える。ぶそしせんぶうほう?はくせつふとわうわうはな12へんべんひるがへどうていこ:おて、旋風は、五峰に積れる白雪を吹き飛ばし、往往、それが花の如く、片片と飄つて、洞庭湖中に落ひたるぎひいたかIちんらうしやうかこんじきんいんふところしじゆちる。一天氣〓く、岳の秀でて高きこと、かくの如く、陳郞將の一家は、今次、金印を懷にし、紫綬をおそのちせうもんぜんま食客が畢がり來つて、むらきた帶びて、其地に歸住せられるとのことである。かくて、その門前に於ては、さ二んみだ굴·じんみならうしやう&っ古しへの孟嘗君に比して居る。まうしやうくんひかうじやうおいながら浮雲を亂るが如く、世人は、皆郞將を以て、今、江上に於て、おつ君の行を送るに際し、ごせんべつはくへきたあやにくなろたもうちやう餞別として白壁を贈りたいが、生憎、それが無いから、政路に立ちて、惆悵のむらわかちら餘、分れ兼ねて脚〓して居る。しはにこおもしろほうきうせうbボけんりうぎよひ【餘論】この詩は、破題が極めて面白く、奇峰九霄を凌ぐの〓がある。そこで、乾隆御批にも「起、ほうきうせうbボ奇峰九霄を凌ぐの〓がある。けんりうぎよひ乾隆御批にも「起、そこで、しようせいほしいままいか勝勢を擅にす」といつて居る。それより以下は、よじやうあけいほつか餘情は有るが、さして警拔ではない。りうちやう流暢ではあるが、かくべつ글格別の事はなく、けつまつ結末、いささこうはんぐわんけんぶちうじょうしゆくB ;ごく送趙判官赴點府中丞叔幕趙判官が黔府中丞〓の幕に赴くを送る〓(いくしくせいうんろまじはり"わうごんつ廓落靑雲心。結交黃金盡.廓落たり靑雲の心、交を結んで黃金盡く。ふうきかあひわす달たらまみづかわら富貴翻相忘。令人忽自哂。富貴、翻つて相忘れ、人をして忽ち自ら哂はしむ。びんまうおやださたもふたたかへがた蹈蹬鬢毛斑。盛t時難再還。蹈蹬、鬢毛斑に、盛時、再び還り難し。巨源咄石生。何事馬蹄間。ょげん* :なにごと12ごあひだ巨源、石生を咄す、何事ぞ馬蹄の間Uよくらながむご、とうざん...ほつ綠蘿長不厭。却欲還東山。綠蘿長く厭はず、却つて、東山に還らむと欲す。11,ろましはいいふかうだうこ君爲魯曾子。拜揖高堂裏。君は、魯の曾子たり、拜揖す高堂の裏。叔繼趙平原.偏しゆくっへいげんだとあいしゆおん承明主恩。叔は繼ぐ趙の平原、偏に明主の恩を承く。も(ヘ)ふうさうとくざおせいぜつゆうはんこん風霜推獨坐。旌節鎭雄藩。風霜、獨坐を推し、旌節、雄藩を鎭す。虎士秉金鐵.蛾眉開玉尊.こしきんゑっとが:ええじ虎士、金鍼を乗り、蛾眉、玉尊を開く。さいたかBriss rかいりんちうげん才高幕下去.義重林中言。才高くして幕下に去り、義は重し林中の言。送送趙判官赴醫府中承叔幕