李太白集卷十七水宿五溪月。霜啼三峽猿. (一三)東風春草綠.江上候歸軒。tな보こゆしゆくロ水には宿す五溪の月、霜には啼く三峽の猿。とうふうしゆんさうみどりかうじやうけんis東風春草綠に、江上に歸軒を候す。【字解】E廊藩空寂に同じ。3跗證困頓に同じ。2.巨源咄石生膏書に「山濤、字は巨源、河内慵の人なり。州、部に辟して、河南從事たらしむ。石變と共に宿す。濟、夜起つて、聖を蹴つて日く、今何等の時にして眠るか、知る、太傅臥する何の意ぞ。鑒日く、宰相は、三たび朝せす、尺一の令を與へて第に歸る。卿、何ぞ慮るや。濤曰く、咄石生、馬蹄の間に事なきか、と。傳を投じて去る、未だ二年ならず、曹爽の事あり」とある。〓却欲道東山管書に「謝安、朝寄を受くと雖も、然れども、東山の志、始末溢らず、毎に言色に形はる」とある。B魯曾子史記に「曾參は、南武城の人、孔子、以て能く孝道に通ずとなし、故に之に業を授けて、孝經を作る」とある。0趙平原平原君の事、前に見ゆ。CE獨坐漢時、御史中丞は、司蘇校尉、尙書令と會同し、席を專にして坐することを得た。〓旌節舊唐書に「天寶中、緣邊察戎の地、八節度使を置く。命を受くるの日、れに旌節を賜ひ、これを節度使といふ、以て軍事を事制するを得、外任の重きこと比なし」とあり、新唐書百官志に「節度使辭するの日、雙旌雙節を〓ひ、行けば、節を建て、六纛を竪て、境に入れば、州縣、節樓を築き、迎ふるに鼓角虎士有力の士を以てす」とある。C乗金鐵乘は執る。CII林中言音書に「阮成、任達にして拘はらず、叔父籍と竹林の遊を爲す」とある。CII水宿舟中に宿すること。Cit五溪通典に「對中は古しへの蠻夷の國、春秋戰國、皆楚の地、秦の惠王、對中の地を欲し、武關外を以て之に易ふ、卽ち此なり。通じて之を五淺といふ。註に云ふ、五鴻とは、西·辰·巫·武·沅の五溪を謂ふなり」とある。CIT三峽號宜都記に「黃牛灘より、東、西陵の界に入り、峽口に至る、一百許里、山水紆曲、兩岸高山重峰、日中夜半に非ざれば、日月を見ず、絕壁或は千許丈、その石、彩色形容、像類するところ多し。林木高茂、略ぼ盡き、冬春猿鳴、至つて清く、山谷響を傳ヘ冷冷絕えす、謂はゆる三峽、これ其一なり」とあり、白帖に「荊州記に曰く、巴東三峽謨長鳴、三聲に至つて、聞くもの涙を番れざるなし」とある。CII歸軒南寳書に「凡そ車の幡あるもの、これを軒といふ」とある。そうはんぐわんむにえつれきふしやうステけんちうたうじょちけんしうげんちうぐんか늘督府、【題義】趙判官は、名字関歷、ともに不詳、點府は點中で、唐書地理志に「黔州點中郡、下都けんあんどんてんほうどわんねんなあらたちうじようしゆくはんぐわんしつくふちうじよう달本と黔安郡、天寶元年、名を更む」とある。中丞叔は、判官の叔父で中丞であつた人。そして、このちうじよう달さくふおたてうこくちんてんほうちうウルトととくほんくわんげい中丞は、趙國珍といふ人であらうといふことである。册府元龜に趙國珍、天寶中、黔府都督本管經珍、ぶりやく國なんほうこ놓せおはよねんちうげんしき略等使となる。武略あり、南方の地形を習知し、五溪に在ること凡そ十餘年。中原、師を興す。たけんちうほうきゃういもりつ謎けんちうせつとしさうか唯だ點中の封境のみ、虞なし」とあり、通鑑に〓點中節度使趙國珍は、本と群牁の夷なり」とあつて、せいシテべつぶじうしうほんしうてうくんだう胡三省の註にまけんなんせつとこくちんはうりやく「趙國珍は、群洞別部充州の螢曾趙君道の裔。楊國忠、劍南節度を兼ね、國珍、方略あけんちうとそヲ" :上ねんてんかま品るを以て、黔中都督を授け、五溪を護ること十餘年。天下方に亂る、その所部、ひとり寧し」とある。げんぷちうじようすなはそのひとちうじようけんがんしはんでわんてうほうしゆくふ謂はゆる點府中丞は、卽ち其人で、中丞は、その兼衝であらう。この詩は、判官趙某が、その叔父たびんちうじようてうこくちんほくちうむなおく?る點府中示超國珍の幕中に赴くを送つて作つたのである。なうじつせいうんここめざしいまくうせきがうけつはいまじはりfなっしきわうごん【詩意】君は、曩日靑雲の志今や空寂として遂げず、世の豪傑輩と交を結ぶ爲に、頻りに黃金こんせん늘なし豬くの人は、갈を散じて、やがて囊中一錢を留めぬやうに成つて仕舞つた。しかし、富貴になると、む云:おとてなけいはくかげん달わらほど。かしの事を忘れて丸で相手に成らず、その輕薄さ加減は、人をして哂はしめる程である。かくて、君こんとんぽんけせいねんわかままたかへこくかといありさまは、困頓して、鬢の毛も斑になり、靑年の若い時は再び還らず、刻下、まことに失意の有樣である。さんたうすきかんしかはていあひだにでむかし、山濤は、石鑒を叱りつけ、馬蹄の間に事なからむやといつて、急いで出かけたといふが、こはんたいしやあんい鹿t 15りよくらわかへとうざんぶれと反對に、謝安は、世に出でて大に用ひられし後とても、情を綠蘿に忘れかねて、却つて東山に還送送趙判官赴醫府中承叔幕