李白集卷十七츠かれ示じ:きふたん; : usらうとして居た。要するに、彼も一時、此も一時、君も曩には急難に赴いたが、今では、早く故國にに현きみそうしん:かうかう달かうだうちうしんはいいふ歸りたいと思つて居る。おまけに、君は、魯の曾參の樣な孝行の人で、高堂の中に於て、老親に拜揖こたおういそきみしゆくふへいげんくんおなへいぜいひんかくあいせむとし、仍つて、今次の行を急がれるのである。君の叔父は、趙の平原君と同じく、平生賓客を愛かsだうだうたいくわんらうじようけんがん:し、且つ明主の知遇を受けて、堂堂たる大官となり、中丞の兼衝あれば、席を專らにして居ることもでせつとせいせつぐんじゃんせいその上、たゆうはんちんぶ出來るし、節度使として、旌節を賜はり、軍事を專制して、雄藩を鎭撫して居られる。かくひ:ここきんゑつえいぞわい1がびじんひらちやうらうじて、貔虎の勇士は、金鐵を執つて、營外を守り、蛾眉の美人は、玉樽を開いて、帳中に侍して居る。まかうさい三つほくちうと〓ゆるせき꿀しゆくてつ君の高才を以て、その幕中に投じ、加ふるに、阮威の阮籍に於ける如く、叔姪の義があるから、そのけんちう言ふまでもない。みちしうちうしゆく3 :優遇されることは、その、點中に行く道すがら、舟中に宿して、五溪の月を眺め、I出陰セッよしうせいぜんた三峽の間に猿の叫ぶを聞かば、霜ふる夜、旅愁悽然として、堪へられないかも知れぬが、やがて、東いたしゆんさうみどりまたかへ$かうじやう風吹き至つて、春草綠なる頃、又歸つて來て欲しいので、その時は、江上に於て、君の車の來るのを待ち受けて居やう。·いたてうはんぐわんえらかうしよいん格【餘論】起首より拜揖高堂裏に至る十二句は、趙判官の今次の行を爲す所因を詳しく述べ、叔繼趙平ううううよう둘uきつとおほいにんよう原より義重林中言にる八句は、趙中丞の事を主とし、やがて、判官が行けば屹度大に任用されるといてんCSさいくわいたすなはいふ意、水宿五溪月の四句は、今の旅中の苦より一轉して、他日の再會に及んだので、卽ち送別の正ぶん文である。りくはんぐいんはけふ出陸判官の琵琶峽に往くを送る〓あこくしうふ~ 1/8 iゑんへつら水國秋風の夜、殊に遠別の時に非ず。ちやうあんむiいづれ長安、夢裏の如し、何の日か是れ歸期。りくはんぐいんはけふ出送陸判官往琵琶峽陸判官の琵琶峽に往くを送る水國秋風夜.殊非遠別時。〓あこくしうふ~ 1/8 iゑんへつら水國秋風の夜、殊に遠別の時に非ず。ちやうあんむiいづれ長安如夢裏。何日是歸期。長安、夢裏の如し、何の日か是れ歸期。【字解】S水國水邊の地。【三】歸期歸來の期日。形びきやうちよみなおんりつほうよしようらんBはけん上ざんたいしよくかうみなみあらE +【題義】方與勝覽に「琵琶峽は、巫山對蜀江の南に在り、琶琵の如し。この〓の婦女、皆音律をは2にんれ、こ曉る」とある。この詩は、陸判官といふ人が、琵琶峽附近に赴任するを送つて作つたのである。かんがいひゑんべつすゐきやう5せいふうふわた遠別を爲すに於ては、【詩意】水〓の地に西風吹き渡る秋の夜は、さなきだに、感慨を惹くもので、だちやうあんぶじょE pr愈よ以て堪へられない。むかし、長安に於て相遇ひしことは、さながら夢の如く、今、ここに別を爲ま伊さいくわいがたたべつなせば、君は、何日歸られるか、再會、豫期し難く、從つて愈よ離別の愁を增すばかりである。げんさうらうしかんけいpisoんだほか講してごみじか【餘論】この詩は、簡警にして、妙味、文字の外に在りといふべく、嚴滄浪は、これを「語短rながごんぜつあうきやうちやうしようあんたいはくく、意長く、是れ五言絕妙の境地」といつた。別に楊升庵は「太白の詩、天山三丈雪、豈是遠行時、またいはへんげんまうしよくかんそう又曰く、水國秋風夜、殊非遠別時と。豈是、殊非、二字を變幻し、愈よ出でて愈よ奇。孟蜀の韓琮はふの詩、晩日低霞綺、晴山遠畫眉、靑靑河畔草、不是望〓時、亦た太白の句法を祖とす」といつて送送陸判官往琵琶峡七九一