李太白集卷十七日不可留.亂我心者今日之日多煩憂。c長風萬里送秋雁。對此可以酣高樓。写蓬萊文章建安骨.中間小謝又〓發。倶懷逸興壯思飛.欲上靑天覧日月。抽刀斷水水更流.擧杯銷愁愁更愁.人生在世不稱意。い明朝散髪弄扁舟。卷十七詩に長風萬里擧、慶雲敷嵯峨とあるに本づく。3醋酒を樂むこと。CO蓬萊後漢書賣章傳に「この時、學者、東觀を稱して、老氏の蔵室、道家の蓬萊山となす」とあり、章簡太子の註に「東觀の經籍多きをいふなり、蓬萊は海中の神山仙府たり、■經祕錄、竝に皆在り」と見ゆ。3建安骨東漢建安の末、孔〓、王榮、徐幹、劉禎、廳揚、阮瑀、及陳琳、び曹氏父子あり、作るところの詩、世、これを建安體といひ、風骨道上、最も古氣饒しと稱ぜられて居る。B小謝王琦の註に謝惠達として、鍾嶸の詩品を引いてあるが、惠連と謝勝樓とは、何等の關係もない。この小謝は、謝朓を指したものに相違ない。5散髪科頭に同じ。頭髪を枕らず振り亂して居ること。むべからず。iあだ我が心を亂るものは、今日の日、煩憂おほ多し。ちやうふうばんりれ長風萬里、秋雁を送り、示ま:此に對して、以て高樓に酣なるべし。交章"けんあんう蓬萊の建安の骨、中間の小謝、又〓發。六ともに逸興を懷うて、壯思飛ぶ、aじつげつ靑天に上つて、日月を覽むと欲す。かたなみづたるまなが刀を抽いて水を斷たば、水、更に流れ、じょ愁る。w ch杯を擧げて愁を銷せば、更に愁ふっじんせい上人生、世に在つて、意に稱はざれば、へんしう明朝、散髪、扁舟を弄せむ。今日の日、煩憂酣なるべし。盛ん。樓は、せんじやう【題義】謝朓樓は、卽ち疊嶂樓で、江南通志に事國府郡治の後に在り、卽ち謝朓、宣城んい太守たりし時の高齋の地、一名北樓、亦た謝公樓と稱す。唐の咸通間、刺史獨孤霖、改建して、今のま1名に易ふ」とある。校書叔雲は、前にも見えて居た。この詩の題は、一に陪待御叔華なノ〓歌歌に作つヒ:· ·S : 2 i語1.8てあるさうで、侍御の官に居た枚父の事事と共に權に登つて作つた歌といとことに李華は、卽せんぢやうredおいち古戰場を弔ふの文を以て千古に稱せらるる文人である。この儘ならば、宣州の謝公樓に於て、校書2れ〓郞たる叔父李雲の遠行を送つて作つたのである。u一たび去つて復た歸らざるものは、【詩意】われを棄てて去り、卽ち昨日といふ日であるし、わが心しyを亂して、煩憂多からしむるものは、今日といふ日である。つまり、昨日までは、叔父と共に、詩酒をたりしみふたただこんにち徵逐、樂を共にしたが、その日は、再び回すべからず、そして、今日は、別離に際して、わが心をちゅうしう: 3法も:秋天の上には1せいがん上さの愁へしめる次第である。時しも、長風萬里より來り、征雁を吹き送り、さなきだに物,ふうけいなぶんかたむきようたけなはおよ悲しき時節であるから、高樓の上に於て、この風景に對し、十分に酒を傾けて、興酣なるに及ばねはいしゆつ롯だいぶんしやうばならぬ。むかし、七子の輩出せし建安の世は、まことに詩の盛な時代で、風骨道上、蓬萊の文章をに:ひ以て目せられて居た。それから、今日に至る、その中間には、この樓の舊主人たる謝胱といふ人があ1方のぼつて、その才思、〓壯發越、宜しく、步を建安に接すべきものである。そこで、予は、此樓に登つて、おぼ:せいてんじつげつ當年の逸興を追懷すれば、覺えず、壯思飛騰し、この浮世を離れ、高く靑天に登つて、日月を覽る樣宜州謝脫接議別校書叔言