李太白集卷十七かんしやてうおしへの人で、上〓示いところあな感じがする。しかし、謝朓は、われと世を隔て、いくら之を思つた處で、遇ふことでかたな。ぬす水は遙よ流れるので、だながさいげっ늘そのも出來ない。そこで、刀を拔いて水を切れば、歲月の駐め兼ねたるは、先づ其とさかづき36 56 t :はてつひこれ通り。それから、杯を擧げて愁を消さむとすれば、愁更に愁へて、まことに果しなく、遂に之をのでこじんこんじんい除くことは出來ない。古人すでに見るべからず、そして、今人にも容れられず、つまり、この世に在ぞんぶん:でしかたみやうにちさんぼつ:へんしう;とつて思ふ存分の事が出來ぬとならば、どうにも仕方がないから、明日は、散髪の儘、扁舟を弄し、遠かうかいこのだほかく江海の上に乘り出すより外はない。きしせんつつせいぶんしたしやてうろうのほっかんがいにむ【餘論】起首四句が餞別の正文、その下は、謝朓樓に登つたに就いての感慨で、しかも、有意無意のおとやせんべつれんくわんところおもしろりうしゆけいさいくわいてつたう:間に、餞別と聯關して居る處が面白い。されば、劉須溪は「崔嵬跌宕、正に起一句に在り、不前Vたほつてうぜんどくりつよたいつぎ意とは、絕たむと欲するをいふ」といひ、つまり、超然獨立、この世と絕つといふ意である。次に吳しやうきまめいゑんへんくわいだためいゑんはうせうおすえゆうちなん昌祺は「亦た明遠より變化し出し來る」といつたが、明遠は鮑照の字で、これは、かの行路難の中の瀉水量平地。各自東西南北流。人生亦有命、安能行歎復坐愁。酌酒以自寬。擧杯斷斷歌路難。心非木石豈無感。呑聲脚躅不敢言。しゆごあはげんりうぎよひえうじゃうへうじゆいつきよううんび2 @の一首などを思ひ合せて、言つたのであらう。なほ乾隆御批には「遙情聽堅、逸興雲飛、杜甫の謂は示千載にして下、なしゆっんがんいじやうしんせんきいゆる飄然思不羣のもの、此なり。猶ほ酒間岸異の狀を見る、眞に仙才なり」といつた。せんじやうりうふくししん穴宣城にて割副使の秦に入るを送るますなはりうゑつゆうがうたうじちんこ君は卽ち劉越石、雄豪、當時に冠たり。せいせいわうすあきよくかうがいふは妻〓橫吹の曲、慷慨扶風の詞。:とうやくけいめいちしり虎嘯、騰躍を俟ち、雞鳴、亂離に遭ふ。かはんりたこSur〓しゆんは千駿馬を市ひ、萬里、王師を逐ふ。まじはりむすろうはんちじじうえに交を結ぶ樓煩の將、侍從、羽林の兒。こすごゑっごとあへ3.8兵を統べて吳越を捍ぎ、豺虎、敢て窺はず。たいくんは生しうふう大勳、竟に敍するなく、すでに秋風の吹くを過ぐ。AB ;りんぜんえいしお鐵を乗る、季公あり、凛然として、英姿を負ふ。;よかじうほくまのぞじたらむに深きを寄す、且つ戎幕、重きを望む、必ず台司。かんげきぜんだくコ つじうわうふたフリッ感激、然諾を一にし、縱橫、兩つながら疑ふなし。ふくそうほくげつばあいしうたちまにし伏奏、北關に歸り、鳴騎、忽ち西に馳す。れつしやうaえいれうくをし列將、咸な出でて祖し、英寮、分離を惜む。八〇七宣城送劉副使入秦君卽劉越石。雄豪冠當時; (三)凄〓橫吹曲。慷慨扶風詞。15虎嘯侯騰躍。雞鳴遭亂離。千金市駿馬。萬里逐王師。結交樓煩將。侍從羽林兒. @ (六)統兵捍吳越。〓虎不敢窺。大勳竟莫敍.已過秋風吹。秉鉞有李公禀然負英姿。寄深且戎幕.望重必台司。感激一然諾。縱橫兩無疑(〇)伏奏歸北闕。鳴騶忽西馳。列將成出祖。英寮惜分離。送宜城送到副使入秦