事太白集卷十七ふしやう不詳。:どうせいちなみりうふつせきひだいじんぶつせい くわん【詩意】君は、同姓の因ある彼の劉越石に比すべき大人物であつて、その雄豪は、一世に冠として、たへいぜいした'わうする他に比類なき位、平生、詩賦を善くし、感慨を託した詩を多く作つて、世上に流傳して居るが、橫吹せいせいかうがいじんしんと曲の凄〓なる、扶風詞の慷慨なる、ともに人心を激盪せしめる。たとへば、虎が嘯いて、騰躍を待つ;ひさたまたけいめいzしゆんはほねが如く、久しく屈伏して居たが、會ま亂離の日に過ひ、雞鳴を聞いて起ち、むかし千金で駿馬の骨をかやうらわうこうでねんれしたばんり准わた買つたといふ樣に士を好む王候に出合ひたいと念じつつ、王師に從つて、萬里の遠きを渉つた。かくろうはんしやうたたたひとびとまじはり等またえことあたて、樓頰將と綽名される勇力の人人と交を結び、又羽林の兒として、天子の送從に當ることに成つしづとかく=あぞくしやう敢〓た。兎角する內、外に出で、劉展の亂を切り靜めて吳越の地を禦ぎ、豺虎に比すべき賊將どもも、そのさやひ〓ならふおて其境を伺ふことなく、まことに大した功動を著はしたが、不幸にして、採錄せられず、むなしく1 1きくわうちん달ゑつちこ秋風の吹き過ぐる儘に成つて仕舞つた。ここに、季廣環といふ人は、斧鉞を執つて、節度使となり、りんぜん;じう凌く上:のほぢうにん凛然として英姿を負ひ、戎幕の中に在つて、深い恩旨を寄せられ、やがて、三公の位に上つて重任をしやうかしんちいほうせいよきみすなは引受けむことを囑望せられ、上下ともに信賴して、その威望聲譽は、すばらしいものである。君は乃かんげきぜんだく出いだ:るなしんにんち季公の知に感激して、然諾を一にし、縱橫の計を出して、兩つながら疑ふことなく、互に信任して、촌たじやうせいうこ少しも間隙が無い。じ〓仍つて、今次その命を受け、北闕に歸つて、刻下の狀勢を伏奏せむとし、愈よ長あんむか;だむかはつてい노安に向はむとし、騎士を揃へて、しづしづと練り出して、西に向つて發程することに成つた。そこで、ほくちうしよしやうひといニせんそうなんどうれう三、をし幕中の諸將は、齊しく出でて之を儀送し、英武の聞こえある同僚どもは、ともに、別離を惜んだ。そざじやうゑんげいrecorden→だうえんに於ては、せうこゑ二にぎ斗酒、座上に澄れむとし、の祖道の籠宛溪の邊に於て、歌笑の聲、賑はしく打興じて居る。ちょっ;東山に於ける謝安の風流に擬し、とうざんしやあん·われたちうしんいまもその時、君は、妓を攜へて、我は、北門の詩を詠じて、忠臣未だ其こころぎしBissおむししんせい,せんら글づかは志を得ざることを竊に悲んだ。げにや、眞正の交は、貴賤、等を異にするも、決して渝らざるべゑんちうあふひあたねし: :いまたく園中の葵を采るに當つて、その根を痛めてはならぬ。むかしは、紫驢の馬を贈つたが、今は唯だはくぎよくさかづきたらりやうがいへんくわかた白玉の巵を傾けるばかり、これも、我が境涯の變化、まことに、致し方も無いことである。かくて、あんまんつくもたくわんきようはじたいまへいぜいさうし달同じく、萬解の酒に對して歡興を縱にするも、未だ平生相思の苦を解くに足らず、ここに、一たわか~ :しんtこてんがい:び別るれば、忽ち千里を隔て、君の行く秦と我が居る吳とは、天涯に懸け離れて居る。折しも、この=くわんざんおい吳地に於ては、ふづはげ月明にして、關山に冴えわたつて居るが、かの秦地に於ては、隴頭の水が烈しく激みづして、悲しげに聞こえるであらう。やがて、春風媚〓として、黃池の水に吹き入らむとするに際し、まいいんしん:あひおもみどりuやうりう君は、何日ここに還られるであらうか。いつまでも、音信なくして、長く相思ふの極、綠に煙る楊柳中に둘との枝を折斷して、その蹄るを待つやうな事の無いやうにして貰ひたい。へんぶくPながちつじょせいぜん【餘論】この詩は、篇幅は稍や長いが、秩序整然として居る。起首より已過秋風吹に至るまでは、じんぶつこうげふとiさ一にえ割副使の人物功業を敍し、乗銀有季公の四句は、季廣環の事を挿入し、感激一然諾の四句は、今にせいじやうぜんべんちうしんいいいい次副使の西上を述べて、全篇の中心となり、列將咸出祖の四句は、祖麓の光景、君攜東山妓の八句送宣城送到副使入藥八