李太白集卷十七しつひかにに仲文了不還。獨立揚〓波。仲文、了に還らず、獨立して、〓波を揚ぐ。휴たいぜん載酒五松山.頽然白雲歌。酒を載す五松山、頽然たり白雲の歌。ちくげつわたばんり造品uf中天度落月。萬里遙相過。中天、落月度り、萬里、遙に相過ぐ。C四)미をしたおそ撫酒惜此月。流光畏蹉跎。酒を撫して、此月を惜み、流光、蹉跎たらむを畏る。明日別離去。連峰鬱嵯峨。明日、別離し去らば、連峰、鬱として嵯峨たらむ。【字解】3江左江南に同じ、前に見ゆ。【二】仲文晉書に「殷仲文は、南豐校尉顏の第なり、少にして才藻あり、容貌に美なり」とある。【二】撫酒酒を傾ける。E蹉跎人意に反して、早く過ぎ去ること。おい楊齋賢の解にせんしうなんりよう【題義】「五松山は、宣州南陵に在り」としてある。この詩は、五松山に於て觴詠しついんしゆく달ゑんかうれ、なぶっ、般淑といふ人の遠行を送つて作つたのである。淑は名であらうが、その字や〓貫·閱歷等は、例1の如く一切不詳。はつせいたんそふうりうたうだい【詩意】秀絕なる風色は、江南に發生し、時節柄、その間を遊歷して居る汝は、まことに、風流當代いんちうぶんまごくわんさいとうようほうふた古しへの殷伸文に比すべき君は、に冠たるものである。才藻容貌、兩つながら美にして、故〓に還らせちゅうせいはきましようざんうともせず、獨り行歌しつつ、〓波を揚げむばかり。ここに、君を送るが爲に、酒を載せて五松山に業たいぜんはくうんただちくげつななめれうくわく至り、頽然として、白雲の歌を唱へ出せば、落月斜に中天を渡り、はるかに、萬里の寥廓を過ぎて行つひかにに仲文、了に還らず、獨立して、〓波を揚ぐ。휴たいぜん酒を載す五松山、頽然たり白雲の歌。ちくげつわたばんり造品uf中天、落月度り、萬里、遙に相過ぐ。미をしたおそ酒を撫して、此月を惜み、流光、蹉跎たらむを畏る。明日、別離し去らば、連峰、鬱として嵯峨たらむ。明日、容貌にもき:この月の画に落つるを惜み、:とくのが見える。酒を傾けつつ、流光蹉跎たり易く、兎角人意に副はないざんねん:のが、いかにも殘念である。かくて、明日愈よ別れて仕舞へば、連山鬱然として聳え、君の去程を岩遮つて、何處へ往つたか、影だに見えぬことであらう。さ:いんちうぶんこじIbに;た【餘論】殷淑を送るが故に、般仲文の故事を用ひたのは、例の慣用の手段で、後には、唯だ東坡のみこそのせんいしやぜんげんさうらうが最も之を善くした。それから、劉須溪は「これ其淺易なるもの、意亦た灑然たり」といひ、嚴滄浪へんしやうしうとくはふちうだ亦た稍や異なり」といつた通り、글〓は「篇章秀特、順流して下るを作さず、已法中に於て、この詩は、まみ卽ち時に一奇を試みて、熟套を避けむことを企てたもので、さすがに、その苦心の痕が見える。かうほ山さいしんまいふ處を觀ると、李白は、すべてが不用意に出でたるに非ずして、なかなか、細心の工夫を著けたものである。えれ崔氏昆季の金陵に之くを送るはうかおもし放歌、東樓に倚り、行子、曉發を期す。おとた?秋風、江を渡つて來り、吹き落す山上の月。L主人、美酒を出し、燭を滅して〓光を延く。八一七送雀氏昆季之金陵放歌倚東樓。行子期曉發。秋風渡江來.吹落山上月。こ主人出美酒。滅燭延〓光。送遺崔氏昆季之金陵