李太白集卷十七二崔向金陵。安得不盡觴。水客弄歸棹。雲帆卷輕霜。扁舟敬亭下.五兩先飄揚峽石入水花。碧流日更長。思君無歲月。西笑阻河梁。こきんりようむかぢさきかづき?入二崔、金陵に向ふ、安んぞ觴を盡さざるを得む。するかくなつろううんほんけいさう水客、歸棹を弄し、雲帆、輕霜を卷く。へんしうけいていりやう1へうやう扁舟、敬亭の下、五兩、先づ〓揚。すゐくわいながcうさら峽石、水花に入り、碧流、日、更に長し。さいげつかりやう:ちいせうんで君を思うて、歲月なし、西笑、河梁を阻つ。【字解】【一】延〓光劉鑠の詩に羅帳送ニ秋月とあつて、呂向の註に「延は引なり」とある。E敬宜州宣城縣に在り、壓ば前に見ゆ。D五兩郭璞の江賦に規五兩之動靜」とあつて韻會に「続は、船上、風を候するの羽、楚人、これを五兩といととある、卽ち風見の仕掛。三西笑長安の話を聞けば西に向ひて笑ふといふので、前に見ゆ。但し、ここでは、友の居る方をいふので、長安ではない。いしきやうだいきんりよう〓くくほんしゃやさいちゃうするていほ【題義】これは、崔氏兄弟の金陵に往くを送つて作つたのである。一本に「秋夜崔八丈の水亭にて崔ご〓しおつこジャだじゅただいつ二を送る」に作つてあるが、詩中に二崔とあるから、ここに揭げた題の方が正しい樣である。じゅ放歌して、かうろう上こんせきせんへついph (よ:みやうにちあかつきはや【詩意】高樓に倚り、今夕は、餞別の意を十分に盡すが善いので、君は、明日の曉早くはつていよういゐましうふうり)かうこさんじやうざんげつ發程せむと用意して居られる。その時しも、秋風は颯として江を度つて來り、やがて、山上の殘月を望せいりやうかんなしゆじん:いだ主人は美酒を出し、とうくわる吹き落し、まことに淒涼の感に堪へぬであらう。ここに、燈火を吹き消して、月せいくわうひいえんいんひたいさいしきやうだいきんりようむかの〓光を引き入れ、そして、宴飮を催したので、今しも、崔氏の兄弟が金陵に向ふとのことで、どうさかづき?たもしわせさけ君の行く途すがら、〓:ふなびとたうろう:して、杯を盡して酒を傾けぬ譯には行かぬ。それから、舟人は、歸棹を弄し、雲ゐほかげしもおをかうてんくうくいいいんんちかかすみ능井にまがふ帆影は、霜を帶び、折しも、江天空關、やがて、敬亭山の近くにさしかかると、風見の鳥へうやうじゆんぶう〓てけふちうかたなみはななかみていていたいかうおよびが飄揚して、順風に乘じて行くことが出來る。峡中の巖石は、浪の花の中に見え、亭亭たる大江の流theすながaべつごつねきみおいっ<べつまひたしきは、碧に澄んで日ごとに長く見える。別後常に君を思うて、何時といふ區別もなく、君の話を聞けば、わらひがほCHかりやう~すいくわいムかんさすがに、笑顏を催すが、河梁を阻てて、再會の期なきが遺憾である。そうていくそうべつせいぶんかうちうみと【餘論】起四句は總提、主人出美酒の四句は送別の正文、水客弄歸棹の六句は渡江中見るところトミニさうしさかんしうそくけんりうぎよひの景色、思君無歲月の二句は別後相思の殷なることを述べて收東としたのである。乾隆御批にはひつじつうせうきうおのづかたいはくほんしよく筆情蕭爽、自ら是れ太白の本色」といつてある。登黃山凌畝臺。送族弟深陽尉濟充汎舟赴華陰。くわうざんりようcurのぞくていりつやうゐせいじうn 2たんむおく黃山の凌敵臺に登り、族弟深陽の尉濟充が舟を汎べて華陰に赴くを送るEこらん1ほうかうしやううんげい鸞乃鳳之族。朝翔紫雲霓. tし鶯は乃ち風の族、翱翔す紫雲霓。おにしいはやく文章輝五色。雙在瓊樹棲。しよくならけいじゆ文正、五色を輝かし、雙んで、瓊樹に在つて棲む。送登黃山凌陽尉濟充汎舟赴華陰