李白太集卷十七しやてうかニせんじやうだこせいれいしこんにちった謝朓は、その下流なる宣城に內史となり、〓麗の詩は、今日なほ傳はつて居る。部さきに其地に遊55あそさうらうみづのでしいあつ:それを寄せて權歌の中に入れ、よもび、滄浪の水に臨んで、いくらも詩を作つたが、今、それを以て、君まこのかうお、おの斯行を送らうと思ふ。ごんはいりつじこそういうyそうべつっそのちさじんぶつじょ【餘論】これは五言排律で、起四句は自己の會游、次の六句は送別に就いて其地の風土人物を敍し、げつじきうきよくおよしゆえいせうりやうくさくじうつるな注結二句は自己の舊曲に及んで、起首と映照せしめたのである。起兩句は、錯揉して對を成し、極めておもしろよりやうくさんたいけんりうぎよひけんぴつ;めれつしにぎよ面白く、仍つて、三四兩句を散體にしてある。乾隆御批には「健筆、空を凌ぐ、列子の風に御して行れいぜんまたしんとくせんふうはふる)たいちやうりつたいはくが如く、冷然として善きなり」とあり、又沈德潜は「古風の起法を以て、運して長律を作る、太白てんさいじょうぼくかか15しかの天才、繩墨に拘はらざること、乃ち爾り」といつた。昭和三年五月十七日印昭和三年五月二十日發刷行發編續國譯漢文大成文學部第二帙【非賣品】輯行者兼國民文庫刊行會東京市神田區小川町一番地鶴田久作東京市本郷區西片町十番地有所權作著右代表者印刷者渡邊一郞東京市小石川區西古川町廿五番地印刷所中外印刷株式會社東京市小石川區西古川町廿五番地電話神田六五五番三三八番振替東京一八五七二番309 65發行所國民文庫刊行會