交通、產業、工場地區觀光地勢沿革及觀昔寺町は東經百三十三度三十七分、北緯三十四度七分、香川縣の西端に位置し東南に三豐平野を控へ遙に阿、讚豫の連峯を望み北に七寶山脈遠く突出し西は燈灘を隔てゝ廣島、愛媛の兩縣に相對し人口壹万八千餘、戶數三千七百、海陸交通至便にして本縣西部の樞要なる都市なり。勢地及置位本町は今を去る千二百三十三年前、文武天皇の御字大、資三年三二十一日神宮寺(今の觀音寺)住職法相宗の僧日を鎭座奉りし當時に始り奈良朝以來のき歴史をれ以前より既に開拓せられたりしことは鎭座當時のなるも未だ記錄を發見するに至らす奈良朝時代は地名を坂本の〓と稱せり平安朝時代大伺年弘法大師神宮寺に聖觀音の像を安置し寺名を觀音寺と改稱せり、爾地名も亦觀音寺と稱するに至れり町內に今尙上下市の町名あるは平安朝時代の遺物にして壹千年其の昔既に商店街を爲せしを物語るものなり明維新當時は本町は觀書寺伊吹の一村一島なりしが円治十八年聯合して戶長役場を置く、同二十三年併合して觀音寺町と改め大字觀音寺大字伊吹となる、同三十一年琴彈公園設置縣立に移管す大正二年豫讃鐵道開通觀音寺驛を設置す昭和七年一月觀音寺築港第一期工事完成同十一年二月觀音寺琴平間省營自動車開通同十一年三月觀音寺築港第二期工事完成し大に面目を一新し現在に及べり本町は以上の如き由緒ある歴史を有しながら交通不便の爲發達意の如くならざりしが輓近海陸交通共に良く開け爲めに地理的關係による本町の動能性は著しく讀大せられ產業並に觀光都市として其の來將性を確認せらるゝに至れり一、海上交通觀音寺港は昭和二年其の工を起し本年三月を以て竣工、棧橋を併せ總工費壹百萬圓の巨費を投じ茲に水陸交通運輸の幹線を大位置及地勢、沿革沿明革交