吉川家文書之一隆元隆景元春進之候隆元へる右馬元就是又御披見之後、返可給候〓〓、心候卷物之內ニ可申候へ共、此儀肝要心、たそれるうら、三人のさめまい、守にも何にもまさる事ニて候間、別紙ニ申候、三人之間、露塵るともあしさるニ成行、とるくおるしめし候者、そや〓〓めつるうと可被思召候〓〓、唯今當家のためい、別ニ守も思惟もあるましく候、〓ゝ〓〓此儀定りさめ、御方兩人之ため〓不能申、子共迄之守たるへく候、張良り一卷之書にもまし候へく候、如此三家無二よ候者、おそれるうら、國中之人々にも、こまさいうゝきましく候、他家他國のおそきも、さのそれなるもしく候〓〓右馬元就三家無二懼家ヲ善ト思者レ八 四シラ國ルコ家中ニモ當家をよろきと存候者ハ、他國之事〓不能申、當國にも一人もなる匂しく候〓〓當家中にも、人ニより、時々よより候て、さのミよくぬ存候はぬ者のミあるへく候、一三家今の〓とく無二ニ候者、此家中に、御方々御心ニまかせられ、小早川家中ハ、隆景存分ニはかせ、吉川家中に、元春可任所存候〓〓、もし/そこしもとるく候者、先家中〓〓よりあなはり候て、一うう事の成ましく候〓〓、然間、とゝ當家ヲ初候て、三家之秘事ハ、是まてニてなるへく候〓〓、一卷之書是ニてはるへく候、露程も兄弟間とるきめくるんも候者、めつふうの基と可被思召候〓〓、吉事重疊可申承候〓〓、〓し、妙玖尙々、めうきう被居候者、うやうの事に被申候をはる、何まても〓〓、一身の氣遣と存事候〓〓、(奥書)「此御兩通弘治三年之御書也」吉川家文書之一さのミよくぬ存候はぬ者のミベ存家タ三シ分中ラ家 の八谷ルニ各二