吉川家文書之一ひんらしい、をきんをのゑものわさを、ひらやのそらのミ杯、むしつミのこねをかきる、みまみは、志ちわらゆわみらミちのきわ浅かきる、にしぬ、ふしこそのそらより、あかりさにのきわたらふしへりゝきたるこね戊かきる、きさぬ、をらのすより、いわりきへつゝきさるミ杯浅かきる、この(け脫)とうさいのさかいのうちに、よのこともたのさまさあるへららす、のちのをうもんのさぞふ、ゆりましやうかくのとし、元應元年十月三日在判きんかわの二郞入道一心二一五吉川經賴置文ゆりで万いらセ候あき比くよをあさたるんしやうゑさむらけうちけこやうてん比事田こきゑさむらけうち、もずひろミやう、くよやすミやうせあいとよ、を大朝本莊枝村内名田町新左衞門ノ作んちやう、をきミツミそうせならひ、志んさへもんけいくぞ、すけをらう三名) (三)町段お話の生きやうは〓ち天、にちやう、又元郞入はうかやしら諸経済さねまさミやうよ、にちやう四をん、もやくよミやうせうちは、、八きん、こ(後家)期たそやうてんい、委〓ふんとして、御いるこ此ころわ、ますくまま(經高)そをふへきよし、こ入道殿之御ゆいこんまおはセをかれさるよよきて、(一)郞大大六そたまゝaゆけで方いらだ候也、こはふるさふらう巻いうかゆき比ふせそやう比あいとよ、いんちやう五きんも御き御ふんまて、五をん浅そ御い(一四)ちこれゝちいますくま殿よをひ候、いんちやう下てんまて候そんをも、經賴御いちこれゝちね、つねよりよゆりてきひて候也、かりういますくまと(土熊)(經長)〓〓のゝふん、きわら、きらわら、わうくまとのゝふん、をうりか、ゑらわら、て原安房らもら比ねういうけふん、さうきんをミやう、ちやうらう御セんのききミMミやういきけところ〓〓あ入さう殿せゆりてしやうよまうセてゑさいを申へからす、よてゆりずしやうくさんみことし、吉川家文書之一ノ後與經家經ス賴子高經盛ニ分高大朝分長ヲ妻竹莊經内田原大塚經鹿原原等盛經與以一二一