吉川家文書之一吉川家文書之一(經)申分御うつてん、めてさくそんし候、あらるうゑ 、いよ〓〓つ〓言御引さてなされ候する事うんしんニそんし候、御家中ゑゆも馳さう申候やう、よく〓〓おふを渡され候へく候、くいしくぬ此御にら升ふとり申候〓ゝ、まつ〓〓とゝゑまいらきいノ(天正十五年)七月十日てる元(花押。)谷氏ニ使ヲ遣ル熊谷氏ノ承諾てる元(花押。)六八九(切封ウハ書)小早川隆景書狀(左)衞門戸さへもんの佐隆をら景[隆よしの原へとる人々返をら景申給へ(紙繼目)御家ささまりのきふつき候て、く心司うきやうの助、ひらさ藤へもんさ(八七)しのふされ候ミきり、おさらかう田まうりはらき、もと棟御そんふんのと浅りおふせきうせられ候、まとふ御ふんるりきとくよ候、きんなん御隆景熊谷氏ノ承諾ヲ謝ス經言ノ秀吉對面以前ニ熊谷ヲ氏承諾求ふようるやうの御事候間、つ〓言とりさて申さき、もと春ももと長御ゐと關白白め御つゝま候めん事かんようよて候、くとんてくとの御そんちふつゐて、つ〓言めしいさされ候〓ゝ、其まへ御さんこう候て、御返事きゝとゝけらき、ないささめられさる事を、御のこりおゝ々たたしめし候ところニ、でやうめん御くさし候て、ゑりるへ〓おおせこされ候るゝ、てる元(熊谷信直)も御きちしと候て御悅まて候、のふ直御さんこうをるさき、此うへを成〓〓よきやうニ御とゝのへ候事かんるんニ思ゆるし、もと春もと長御なのとめの事候間、申いおろうまて候へとも、ういふんちそう候へく候、くとし〓つういしも申上候へく候〓〓、〓(天正十五年)七月十日をり景(花押)をり景(花押)六九〇小早川隆景書狀(切封ウハ書)「小早川左衞門佐吉川家文書之一