別記第百二十四別記第百二十四處に余語の海邊に當て鐵炮の音事々敷鳴出とよみあへる聲夥し彌陣中危からん事急に成かたつを呑て有し折節水野小右衛門尉か飛脚來て玄番今曉賤岳を退候へい敵ひたと付て危く見へ候と云しかい勝家聞もあへす左もこそあらんと思ひつれさもあらいあれ吾是にて一合戰すへきと勢を備へ待にけり痛はしや近作心ハ剛に勇め共西の方玄番兄弟か勢敗軍に及ひ萠次もなきを見彌勇て衆を勵せ共旗本之勢も又いつ减する共なく僅に三千許に成しかい此勢にて利に乘したる多勢に向はん事如何あらんと長共申せしを修理之亮合戰の習ひい左い無物也我に任せよ千騎計にても心を一致にし十死一生に極め合戰に及ふ時い勝物なりと勇けれとも尤なりと請ぬ顏さか也毛受庄介其趣を見柴田に申けるい御意之上とうかう申に似たれともそれい昔尾州において度々軍になれたる下々數多持給ひしに因て其働も有しそかし此度い見逃きゝにけに數度逢たる下々にておはしまし候故過半落失ぬ昨日より思召よりし事を先手の者とも不致も又如此落ちりしも皆極軍のあるし眼前に候是にて云ひかいなき討死をなされ名も知れぬ者の手にかゝり給いゝ後代迄口おしかるへし願くい北の庄へ御歸城被成御心靜に御自害候へ某御馬印を請取奉り御名代に是にて討死を致候へし其隙に急き御歸陣被成候へ斯申候もとうかう思召候いゝ見るか內に徒に成へう覺奉ると急き諫奉れい流石其道に得たる勝家なれい尤なりとて五幣を勝助に渡し心もあらん者い毛受に與せよと云捨て諸鐙を合せ退し也庄介五幣を請取我手の者三百餘人其外勝家の小性馬廻少々左右に隨へ原彥次郞居たりし要害幸に明しかい是に取入老母妻子共方へ形見の物を舊功の者に渡し遣しかくて盃を出し樽あまた取ちらしそれ〓〓と云し時皆土器おつとり〓〓酌たりけり追行兵共柴田か馬印を見是に修理亮こそ扣へたれまはらかけすなと追行勢を制し止るも過半せり又勝家討取名を天下に揚んと勇むも有てひた〓〓と取卷し處に勝助名乘けるい天下に隱もなき鬼柴田と云れしい吾なりとてあたりを拂て突て出けれい二町あまりはつとひらきにけりかゝる處に兄の毛受茂右(左〓)衛門尉殿をしてありしか此由を聞てさらい弟と一所に討死せんと思ひ向ひたる敵を追拂ひ來りしを勝助うれしけに逢つゝ敬ひ云けるい御心さし返々も忝存候乍去あまた討死をとけ候共此極軍をいかてか救ひ給はんや貴方い老母への孝行に御退有て撫育し給へよ左もあらい彌御恩賞深かるへき旨手を摺て侘けれい孝行といひし事尤其理なきにあらす去とも其方を見捨退ない汚名世と共に有なん其上老母い其方如存知義理を好み給へり義理を捨退ない母の心にも違はんか爭か義を汚さんやとて兄弟共に忠死を極たりしい異朝にい高祖の臣紀信我朝にい義經の臣佐藤兄弟等成へし類ひすくなき事共也新手を入替〓〓攻入んと再三あけるに兄弟其外歷々之者とも多く有て突退〓〓息をもさせす戰しか共或手負或討れ殘りすくなに成にけり勝介兄に向ひて勝家退給ふて一時に餘りぬへし心安く退給ひなんいさ心よく最期の合戰して腹きらんと云まゝに殘りたる兵十餘人を引連突て出散々に相戰ひ追ちらし其後兄弟腹をそ切たりける其身い柳瀨の流れに沈といへ共名い高根の雲と立上り天晴剛の者よと其比い市豎孩童迄も口號候し勝家府中の城に至前田父子に對面し此中苦勞の段一禮ねん比にのへつゝ極軍のせめに遇て如此の次第更