別記第百三十二踏殺されたる衆も有之候信長公の被成候樣又い其時分の先手を致ならひなき柴田修理森三左なとも段々備置本陣い其儘居置乘返し〓〓先手に力を附蒐廻り下知仕候へい本より勝軍なれい思のまゝ附申候若味方惡敷候へい麾を振申候彼是につき大將い本陣に計有之候てい越度取ものに候由御語被成候某も佐々と取合申刻朝日山と云所へ敵出申候時末森へ□口申時も蓮沼と云所を燒立候時も信長の時を存出し聞や以來同し押ならひ早やはやと掛出勝利を得申候由色々御物語被仰候何事も聞入ぬる能候由被仰候是は末森後詰の時津幡にて前田右近なと止申儀なとに附て又い色々思召被合儀も御座候旨有之由備前殿修理殿勘兵衛殿御かんし入候一大納言樣大坂に廿日計御詰の時に太閤樣御直に御暇被遣伏見へ日暮に御歸候御機嫌克御乘物兩方なから明はなし何れも馬上より下候て御供申候色々御咄共被遊候處に森口と平瀉との間にて四十計の男に候か馬上に有なから頰かふりあて通り申候御乘物の内より御覽候て頰かふり御法度何者にても候へあの男引下し候へと御意候所に御供之衆飛懸り引すりおろしほうかふり御法度に御座候と引たくり申候殊之外迷惑仕たる體にて候後に聞え申候安藝國毛利殿の者の由に御座候御家老衆何れも御笑止かりに候いまた御若年の御心うせ不申と被申候一越中と御取合の時大納言樣久保と云所へ村井豐後を大將として鐵炮頭平野五郞右衛門河村縫殿之介同善五郞なとに燒働なと被仰付候然處敵出突懸申候所に先鐵炮崩れあら〓〓に成候處に村井折敷候て逃る味方を突倒し候へと致下知候へいそこにて取て返し河村平野鍵突首を取申候依之何れも押返し勝利を得申候大納言樣後々迄此儀被仰候千人の軍兵より一人の大將にして遣候ゆへと被仰候一伊白と申片目成針立出羽國最上の者なるか大納言樣へ罷越針を立申候初い御氣色能候と本主め申候卅日計過薄墨色の御小便被成候彼伊白申上候ハ扨い虫下り申候百日過候いゝ御本腹と申上候間御家中悅事中々無申計御座候へい草津御湯治被成候て御歸金澤にて種善坊御使にて彼伊白にいまた薄墨不止候如何と御問被成候如仰伊白に爲申聞候へは何とも御返し仕兼申候其後伏見にて豐後隱密に申上候い内々の伊白い下者其上何たる仁か以來大納言樣を六ケ敷存候て能認候て伊白を越申も不存候間針御立被成候事いかゝと申上候得い心得申と御意被成夫より針御立不被成候彼伊白次第に御前遠罷成申候一大納言樣京より御下向之時西の丸に村井豐後御城代に罷在候故八月二日豐後所へ可被爲成に付て豐後難有次第とて御成を仕候一段御機嫌も能豐後手前にて茶上ヶ申候其にて御意には御桃に御手前可被遊とて德山五兵衛寺西宗與笹原出羽なと謹て有之時二間次之間にて神谷信濃と江守平右衛門とされ言の上にからかひ仕出し既に平右衛門〓申候を岡田長右衛門種善坊中へ走り込取分申候夫より言葉次第にひきく成申候存切の體に候扨御意に豐後はや薄茶に成候間菓子を出せと被仰候それをあほに仕御前を(有脫歟)兩人へ殊之外强く意見申候へい平右衛門い豐後より子信濃に是非引廻してたもれと常に申仁に候ゆへ