爛柯堂基話卷之二此方は不厭事也一同其旨相心得候樣家臣を以て被申聞是も牧野殿が疑ひと同意也退て其後同僚共談話に及ぶ所本因坊元丈申出けるは京極殿の眞意を推尋るに賣色消魂快美せざるを當客不悅と同樣也と云て大に笑ひけり實に有趣譬喩也牧野殿の某譜不傳は可惜事故其譜二三局を載て貽ぬ因に云ふ上手白を取るは今の通例也然るに牧野殿と算知が基譜を見るに白にて二ツ被置始祖本因坊算砂と利玄が基譜を見るに白にて先を置きしも見えたり又慶安の頃算知哲齋の基譜に白德番と記しある是は先々先手合にて上手の先番と見へたり寛文の頃より今の如くなりしと被思先々先の基は今にても古に復し度もの也西村左馬之介角力の事蒲生飛彈守氏郷か家臣に西村左馬介といふ者あり世に聞へある强力也氏〓未た勢州の主たりし時如何してか氏郷か勘氣を得たりしが年を經て召返され目見過て翌日左馬之介か心を引見むとや思はれけん座鋪相撲を取むとありしに我勝なは主人機嫌損すへし又負なば左馬之介輕薄とや思はれむ如何せんと思ひけるは否々士の習ひ見限られなは一生の恥辱なるへし機嫌を損する迄と思ひ力を出して組合しか終に氏〓を組伏たり氏〓無念にや思はれけん今一番と力足を踏れしに近習の者共思ひしは憐れ今度は西村負よかし又勝なば必定手討にせられんと手に汗を握り片唾を呑て居たりける西村思ひしは此度負なは彌輕薄になるべしと心得よし手討にならむは必定なるべし如何せむ是迄と思ひ切別して力を出して組合しかば又此度も勝にけり其時氏郷笑を含み汝はみきは增りの功の者成と感ぜられ其翌日知行加增被申付けるとぞ實に左馬之介は器量ある名士なりと皆人感じあへりとかや按るに右之一條諸事に涉し事なり予が棊に於ても是に准する事あり既に如是席に會せしに左馬之介が心に同き事兩三度も有りけり相感ずるまゝに記しぬ棊を好む人の言に陰陽ある事凡古今共に棊は好む人の中に儘有之癖にて韓非が說難の意味にて陽に負を不嫌と謂て陰に深く是を嫌ふ棊師誰には詔て負誰は不憚潔し誰は〓誠も深切成共可惜負て人の歡を取る執心にて稽古する者の心にては甚だ迷惑の事あり抔いふ人に多く陰陽あり大御所樣淺野彈正と圍棊の事權現樣は淺野長政と相某にて日々某を被遊一時御負の御樣子にて御機嫌惡敷彈正が末子釆女長則本因坊を呼で顏を出させる家康公御覽被付本因坊を召我等基を見よ何共思案に不及此石躍たらば如何あらん夫より外には手なしと被仰本因坊承り上意の如く御躍被成候より外は無御座候と申上則御躍被成候得ば其棊御勝になる御機嫌なり長政大にせき御次へ立去り本因坊に向ひ脇差に手を掛けいな所へ其方が差出我等に棊を負させたり重て差出助言申候はヾ可討捨と大に怒りける又或時釆女方へ御越可被成と上意故辱用意專ら也父彈正に申候は家康公御成被遊候は御身と基を被遊候半との思召也彈正此度は某を御負候て御機嫌能樣賴入と申候得は彈正大に怒り御所樣なれば迚も勝棊に負べきかとてもなき事申候左樣の事あらば御成の時其方宅へ出合申間敷と立腹也又或時庭前に毛氈敷き基を被遊日が當るとて傘に少し穴をあけ石を御置被成可然所へ穴より日足をうつす即ち御合點にて石を日の光のさす處へ御置候故御勝被成彈正不興千萬也武邊雜談按るに淺野父子が應答の樣子も看想すべく且又權現樣の大聖にて人情に御達し被成何も御存にて助言も御用ひ被成無我に御樂み被成候是を手本にして不疑陰陰の邪念を脫して此道を翫ふならば樂も深く稽古も其中にあるべし爛柯堂基話卷之二