爛柯堂基話卷之二城夜網をして歸るさ何心なく夏井が軒を窺ふに燕談する聲あり怪と壁に立添て聞は夏井が聲して吾妻今宵は遲かりし抔いへば大に怪み事の樣や有むと立歸り夜明て夏井が庵に至り夕は何處よりか稀人の來り給ふぞと强く問ふに夏井も初の程は隱せしが都の外迄も辛苦を共にする兄弟の中なれば漏しつとも苦しかるまじと云々の由を語るに豐城大驚是全變化の所爲なりと言んとせしが今妖怪のために昏迷せられし兄の那さは思はん一つには變化をも試みむとさらぬ體にもてなし阿嫂の君を戀て墓なくなり給ひつればさいふ事も侍らむと念佛打誦んして歸ぬ楓は其夜早くも豐城殿に語り給ひたり妾が參るも今宵限りなりと恨たる風情に外に言葉もなくてこそ人に漏つるこそ惡からめ兄弟の中なれば他人には漏まじ穴勝恨み給ふなといへど兎かう打詫寄も添さるに夏井涙を拂ひ我もいつ迄斯て有へき旦暮地に入ても添ひ參らせん須臾の形見に面影の忘れ難き寫し繪にと楓が裾を引とめて涙の露の硯水早くも幻の姿を筆の工みに留めたり豐城は宵より窺ひすまし兼て用意の網をざぶんと打かければ一聲喚んで飛上りて逃れむとするを豐城引しめ動かさず夏井は驚きこはいかにするぞと周章す近隣の人々戶を放ちて亂入し弟ぬし仕果給ひしやと灯を點じ進み寄りて見れば楓の姿忽に毛脫したる老狸と成て網に覆れ眼光銳く齧て人を切す豐城力を極て網をしめ拳を以て搏殺す人々豐城が膂力の勝れたるを驚く夏井は茫然として夢の覺たる如く羞を含て豐城に向ひ我亡妻の愁傷に神心昏迷し老狸の爲に犯されたるは愚魯の至也と舊日の憂思ひを開き豐城が平生無情漢なるを疏んぜしかと斯る振舞には益の侍る事感稱しければ豊城は頭を搔て尊兄許し給へ此怪事を引出しは我鄙心より起れり尊兄都に殘し給ふ阿嫂の事を思ひ餘り給ふを見るに忍ず果なくなり給ひぬと聞給はゞ却て思ひ明らめ給ふことあるらむと日外空言で申つるに日頃に增りての愁歎にさらばとて謂難くてやみぬる中尊兄哀慕の餘り神心勞したるを附込て老狸怪をなし侍りと始て罪を〓げて謝せば夏井先都の妻が無事を歡び愛妻に執着過たるを愧ければ豐城も安堵し近隣の人にも夏井が寫したる幽靈の姿を目のあたり見しに違ずと稱讃し頓て携て人より人に傳へて其墨痕鮮麗にして奇巧なるを愛ける其頃に土佐守なる人の手に入任果て都へ上り帝の叡覽に備へければ夏井の巧なるを再感給ひ豐城が勇猛の手段を稱し給ひ程なく都へ返されければ萬〓の欝忽に開け天山の歡び限りなく妻の楓も良人の芳志の忝きに夏井に向ひ實に亡魂となりても慕ひ參らすべきに愚にも生て都に侍りつるこそ彼の狸にも劣りていふ甲斐なく侍る抔且泣且笑ひ雙鯉淵に浮める心地して睦み舊年に增りて仕へける其頃都鄙の貴賤夏井が幽靈の畫とて賞翫限なく珍財を投じて求ん事を爭ふ畫事數千枚にして是が爲に紙の價ひ貴かりしとなん劉仲甫の事德齋齋扶乩其仙降壇不作詩自署名曰劉仲甫衆不知爲誰有一國手在側曰是南宋國手著有棊訣四編者也因請對奕乱判曰奕則我必負固請乃許果負半子衆曰大仙謙挹欲獎成後進之名耶乩判曰不然後人事々不及古唯推歩與奕基則皆勝古或因古人所及更復精思故已到竿頭又能進步是爲推步言非爲奕棊言也盖風氣日薄人情日巧其傾軋攻取之術兩機激薄變幻萬端弔詭出奇不留餘地古人不肯爲事往々肯爲古人不敢冐之險往々敢冐古人不忍出之策往々忍出故一切心計皆出古人上奕基亦心計之一故宋元國手至明巳差一路今之國手一路半矣或至兩路三路是則踢寔踏虛之辨也然古之國手極敗不過一路半今問奕竟世常勝法乎又判曰無常勝法而有 常不負法不奕則常負矣僕猥以風慧得得作鬼仙也不外間身名心都盡逢場作〓勝敗何關若當局者角爭得失尙愼旃哉四座有經歷者多喟然大息姑忘聽之