爛柯堂基話卷之二者引連て五六十人乘物を圍みて靑松寺へ行く溜池の邊を通る時太兵衞森武太夫を呼て云ひけるは慮外ながら小便の心地あり許し給へと申ければ武太夫物馴し者にて池の端へ乘物を昇寄て一方を明て池の方て向て旁口を警固する太兵衞乘物の戶を開て小便する體に持なし池へ飛込たり警固の者共大に驚き上を下へと騷ぐ太兵衞普通に超し水練の達者何の苦もなく水底に入て小袖を脫捨是所彼所潜り游警固の內より結綿與左衞門乘戾して越中守に告る即小卅を出して足輕〓中間を二三百人出して熊手突棒鍵の柄を入て捜すと雖も知れず太兵衞水底に有て此音を聞舟底に取付て舟漕廻すに隨ひて游き廻る程に中々當らず日も暮ければ松明挑燈萬燈の如くにて水底曇なき程なり太兵衞思ひけるは所詮此儘息疲れては引出されむ事疑なし如何にもして遁れんと隙を窺ひ内藤帶刀忠興の上屋敷水門より圍の內へ潜り込夫より上らむとせしを內藤の家來嶺彌兵衞六振粂右衞門鍵引下け馳出て水門を破りて潜入は狼藉也何者にもせよ突殺せといふ番の侍數多馳出て手々に鍵引下げ走出鍵襖を造りて既に危く見へし時太兵衞眼をいらゝげ武士の家を賴みかけ込事數多し大名の屋なれば命を助け貰度て潛り入候也但し水門を欠込者は助けぬといふ法や有ると血眼に成て申ける帶刀の家老上田主計は智惠ある者にて早く上り給へ帶刀に申て下知を請べし若き衆は早計給ふなと制し鍵を引よと申により鍵を引取太兵衞這上りて主計に禮を述安藤平六と云者此時出て小袖を出し粥溫酒を侑め忠興大廣間に出てゝ門を固め追手來らば謀て挨拶すべしと下知して扨太兵衞呼出して對面し武邊なる事を譽給ひて知行二百石〓刀脇差を賜ひ江戶住居氣遣ひ也某居城奥州岩城へ越へし今夜は更たれば溫に被休よ必氣遣ひ有べからずよき人を求し事滿足也と奥へ入給ふ去程に越中守家來は水門の內心元なし迚卒爾なる事仕難し迚內藤が門前へ來て狼藉者御圍ひと見請候御出し被下候得といふ帶及物頭出て下知の如く無事の挨拶して出さず越中守家來共詮方なく空敷屋敷へ歸りける夜明て越中守方へ帶刀より使者を遣し貴殿御扶持被置し小花和太兵衞儀彼者が一命拙者へ給り候へ餘り健氣なる士にて候間召置候と申越る越中守助け度思ふ心底故御心に被任候へと返答なり然る上はとて岩城に遣はされ岩城に在し時も兩度まで仕初の手柄あり帶刀祕藏の家來なりしが溜池手柄世間に流布して卽甲府宰相殿へ五百石にて御貰七十四歲にして病死其子太兵衞は御旗本也按るに太兵衞駕籠に乘る時武太夫太兵衞が耳に口をつけ何やらん呼たり太兵衞嬉氣に點頭たりといふ又小便を乞し時は太兵衞武太夫を呼て此事を賴し也此時駕籠の戶を明たるは武太夫也此度逃去れといふ事を武太夫心付たる也情ある侍成去は社太兵衞事死後迄も武太夫が厚志を忘すして子供等に噂を言聞せたると也爛柯堂某話卷之二