爛柯堂棊話卷之三二國爭强各用兵擺成隊伍定輸贏馬行曲路當先道將守深宮戒遠征乘險出車收敗卒隔河飛砲下重城等閑識得軍情事一着功成見太平按るに此詩を見れば本朝今の將棊に相似たり明の胡元端が云象棊不可用於中國これを思へば又明帝の唱和も疑なきにあらず將棊の事享保中將某の傳來御尋の節將棊の起りは孟甞君初めて其形を作ると云ふ事據を知らず武王伐紂時作るといふは卽不然亦戰國兵家者流也蓋時猶重車戰也兵卒過界有進無退政是沈船破釜之意其機會變幻雖視圍某稍約而攻守救應之妙亦有千變萬化不可言者金鵬變勢略備矣而尙有未盡者蓋著書之人原非神手也五雜爼天竺國王圍棊の事寶物集に云昔天竺の國王行業貴き羅漢を歸依せんが爲に迎へ給へり其程圍基を打て待ち給ふ羅漢參りたる由を奏しけるに國王圍棊に切るべき處の有けるに興に入りて切れと宣ひけるを羅漢を切れと宣ふなんめりと思ひて則ち羅漢の頸を切てけり其後國王の棊を打果て給ひて羅漢を此方へと請じ給ひけるに早く切れと仰せられつれば切り侍りぬと申しける時に心憂く淺間しく思召けれども力及ばず是は佛在世の事なりければ佛の處に參り詣て此有樣を申し給ひければ佛國王に告げて曰く昔國王は蛙にて田の中におはしき又彼の羅漢は田を作る農夫なりき田を作る程に鍬といふ物を以て心ならず蛙の頭を打切つてけり農夫悲み悔れども甲斐なくて止みぬ今其業をつぐのはんが爲に心ならず殺さるゝなり物の報といふ事は心を起して殺せば心を起して殺さる也心ならず殺せば心ならず殺さるゝなり無始生死より諸佛の出生の利益にもれて六趣に輪廻して悲しむ事は不殺生戒を持たざりしが故なりとぞ宣ひける又持て破らざるは後世までは申に及ばず現世に見する利益侍べり梁武帝圍棊之事朝野僉載云梁有〓頭師者極精進梁武帝甚敬信之後勅使喚 磕頭師帝亦與ノ人棊欲殺一段應聲曰殺却使違出而斬之帝某罷曰喚師使答曰向者陛下令人殺却臣已殺訖帝嘆曰師臨死之時有何言使云貧道無罪前却爲沙彌「時以鍬刻地誤斷一曲蟮帝時爲蟻〓此報也帝流淚悔恨亦無及焉又見西陽雜爼續集曇摩芯提戯を慕て群臣に答へざる事賢愚因緣經出家功德尸利茲提緣品云過去世時此闇浮提有一國王名曇摩苾提此言法增好喜布施持戒聞法有慈悲心性不暴惡不傷物命王相具足政法治國滿二十年事間閑暇共人博戯時有一人犯法殺人諸臣白王外有一人犯於王法云何治罪王時慕戯脫答之言隨國法治卽案限律殺人應死尋殺此人王博戯巳問諸臣言向者罪人今何所在我欲斷決臣白王言隨國法治今已殺竟王聞是語問紀躄地天竺之棊之事昔天竺の波羅奈國に戒定慧の三學を兼備し一人の沙門ありける一朝の師として四海の倚賴たりしかば天下の歸依渴仰せること恰も大聖世尊の出世成道の如くなりあの時その國の大王法會を行ふべき事ありて說戒の導師に此沙門を請せられける沙門則ち勅命に隨ひて鳳關に參られける帝折節基を被遊ける砌へ傳奏參りて沙門參內の由を奏し申しけるを遊ばしける某に御心を入れられて是を聞し食されず棊の手につきて切れと被仰けるを傳奏聞誤りてこの沙門をきれとの勅定ぞと心得て禁門の外に出して卽爛柯堂基話卷之三