爛柯堂某話卷之四腹被仰付候樣御執成給るべし何れに相果候命なり共敵人の手に渡り亡れんは何程か口惜しく候と思ひ込むて賴ければ義盛信實が健氣の有樣を深く感し何樣心易かるべし某が一命に掛て爲惡くは計ふまし先打くつろき心置なく此方に居て左右を待たるべし迚義盛竊に北條が宿所に至り時政に對面して申されけるは今日御前に於て佐々木の子息工藤左衞門に對し狼藉の次第謂れあるべき事也信實若年と雖も故なくして斯る擧動を成すべからず北條殿にはその節御同席の由承る定めて始終の樣子御存あるべし如何なる趣意成し事に候哉と尋ねければ時政答へて去れば其折節某も同席に候ひしか共基の勝負に心移りて事の子細は存不申信實が狼藉に及びしに付驚き立合候得共何の趣意とも起りは存候はずと申されしかば義盛再び答話に不及して立歸り夫より直に大江廣元が宿所に到り右の次第を尋ければ廣元打點き此義に付竊に其許へ通じ申さんと存罷在しに幸の御入來也と御前の樣子委細に語り然れ共此事の始終を知りたる者なき故に一圖に信實が罪に決す某一人此始末を知ると雖も其役に非ざれば其許に通じて無事の計ひ有らん事を存居たる所也と申されけるに義盛具に聞て信實の詞と符合せる故心に悅び廣元が傍近く居寄て申けるは貴所の申聞らる通にては信實御前を顧みざるは彼若年の誤ながら祐經と喧嘩のことに於ては强ち信實が非とも申難し況や又祐經に渡さるべき筋毛頭無之某職分の事なれば宜しく計ふべし是は偏に工藤が申條にて事なく相濟へき義なれば祐經方へは內分にて達すべし貴所には內意を以て君へ箇樣々々に言上し給はゞ雙方全く治るべし又盛綱にも某より申含め言上致させ候半と申ければ廣元も同意の事なれば君へは某宜しく申上べしと閑談數刻に及び義盛は暇を〓げ頓て宿所へぞ歸りける佐々木盛綱感和田懇志話斯て和田義盛は佐々木盛綱が宅に到り盛綱に對面し此度子息不慮の儀に因て逐電せられ其許の心配察し入處也然れ共信實殿を召進せらるには及まじ外人の噂を承るに信實殿には出家を遂け退去せらる由其許には此趣を申後日に歸り來る共一所の地も讓申間敷由言上し給へ某も亦宜敷計ひ參らせむ然して信實に日に歸らるとも一旦事濟たれば君の御怒も有まじ其後善行のある砌御詫を願ひ元の如く親子の結びも成べきことなれば早々此旨言上あれと申ければ盛綱淚を浮め御芳志千萬忝しと武勇名譽の盛綱も子故に迷ふ習とて義盛が情の言葉世にも嬉しく思ひける斯て右の趣言上申ければ君聞し召れ盛綱が子を思ふ心根を察し給ひ且は前々の功を思召れ如何にも願ひの趣聞屆たれば追て沙汰すべしと仰下されければ盛綱有難しと御禮申上退出をそしたりける斯りし所大江廣元竊に申上られけるは信實の事强ちに大罪と申にても候はず御前を辨へざるは少年の事故前後に心付ざる過にて候半祐經に對し狼藉致し候には祐經方にも誤り有之候得ば信實を尋ね出し事を糺しむる時は自然と工藤が誤も相知れ盛綱之を聞かば怒りを含み騒動に及候べし此儀は信實出家せしに免せられ罪を宥め捨置れなば盛綱其御仁心を有難く思ひ愈忠誠を勵み申べし二ツには祐經が誤も顯れず互に意趣を殘し申間敷候得ば祐經方へ御使を遣され信實右の次第なれば祐經に於て所存ありやと尋仰られなば其身にも誤あれば必定聊も所存なき由を申上候半其時祐經に意恨なくば信實が無骨の罪は少年たると出家せしむるに免せられ其儘差置るゝに於ては雙方無事に相納り申べくと述しかば鎌倉殿聞召れ祐經が誤とは如何なる事にやと思召れしかども穩便第一の廣元が申すことなれば僞は有ましと則ち其旨に隨はせ給ひ祐經が方へ御使をぞ被下ける和田義盛說工藤祐經計和話爛柯堂基話卷之四