六日英同盟は對露の謀略に外ならず、露人南下の勢を防くば之れ直ちに〓韓の扶植而して我國の國防なり、按するに〓國順治以降、露人南下の勢は北方の漸運にして、露人は西比利亞鐵道の延長に隨ひ、陸續境を超へ來り廿七八年役後、潦陽の還附を我に强へ俄に步を進め、更に北〓戰役を利して滿州一帶の地を略し東〓鐵道の經營を了り、大に兵を移して險要を占有せり、今ま彼れの滿州徹兵の約束を蹈むと、蹈まさるは問ふ所にあらす、露人の南漸其兵備と之れに附隨せる諸般の設備は、彼れ武裝して我れに臨めるものにして、諸公の日英同盟を敢てせし亦た之れ玆に備ふる所以にあらずや、韓半島を失は、我北防何を以て立たん韓半島を全ぷする滿州の維持にあり滿州若し露の略す所とならは、韓半島何を以て守らん吾徒先つ彼我の情勢を按し今日の急を論せん、露人の南進は漸運なり、漸運とは何そや、曰く制し難きの勢ありて、地勢、國情、自然の數を利するを云ふ也、故を以て露人の竟に其藩域に退守して、北歐氷雪の國を以て其國とせさるを知る蓋し歐露封境の擴大、國を立て富をなすに餘りあり、而して其隣を侵し境を拓くに急なる、是の如きものは是れ實にスラーブ民族の退守に破滅して、進取に幸榮あるを自覺せるか爲めなり、露國人口一億三千萬中歐露にあるもの九千四百餘萬人、西比及中央亞細亞にあるもの一千三百餘萬人、之れを歐露の面積に當て一方露里に六人(千九百年の調査)のみ、之れを歐州列强に比較せは、獨の九十七人、佛の七十三人、澳の八十四人、英本國の一百二十八人、伊の百十人、何そ相隔たるの甚しき、露國地力の餘剩、卽ち是の如きを以て猶ほ飽かす、西比を拓き、黑龍を取り、滿州を奪ひ、國力不當の兵備をなし、駸々として其蠻七