±龍江省を侵せり、其黑龍江省を得たるや、更に大に海陸の設備をなし進て滿州を略せり、彼れ隣國の土壤を見る自家の苑囿に異ならす、今滿州猶ほ〓國領土の名ありと雖とも、其軍備行政水陸交通の機關は悉く旣に露人の掌中にあり、然り滿州旣に露人の物、彼れの進んて北方天山に向ひ蒙古を圖るは素より其漸運たり、而して其南下して鴨綠江を渉り以て韓を圖り、又た渤海の衝角を扼して中央支那を圖る、想ふに我が百年の前途知るべきのみ然るに我れ猶ほ首を畏れ尾を畏れ孤島に據りて彈丸の頭上に墜つるを俟たは彼れは直ちに進んて韓半島を取らん、韓半島にして又た彼の手に落なば、我れは是れ唯洋中の一孤城、險に據りて亡を俟つの外應に策なかるべし、是時に至らは露人は更に其鐵道を進めて、一線は中央支那に入り、一線は亞細亞の北境を直進して海に出でん、是れ卽ち露國が半球を席捲して、世界を指顧せんとするの企圖たり故に彼れ其の我れに臨むの謀、兩陣對出雌雄を一戰に決するの方畧に非さるは勿論なり、乃ち外防の險要を蠶食する、春潮の江汀を浸すが如く、漸を逐ひ順を重ね、大に戰はさるの兵を養なひ、戰を避けて勝を大局に決せんとす露人豈に彈丸を以て我れに戰を挑むことをせんや諸公倫し戰を彈丸に挑まさるを以て開戰の機なしとなさは我帝國の安固は三年を出てずして忽ち破れん、吾徒實に多年の屈辱を忍んて敵國軍備の完成を俟ち、敗數の眼前に迫るを看過して平和を歡呼するは、亡國の祝酒に醉ふて萬歲を呼ふの感なからずんばあらす明治二十八年以降皇國の軍備擴張は實に之れ對露の軍備なり、其對抗優劣の數今ま將さに伯仲の間にあり、故を以て露國は刻下開戰の不利を知る、露國が開戰の不利を知れるぱ是れ十三