三十二あり、其死亡を厭ふの心は均しく是れ一なり、而して其憤激悲愁の情死亡も亦た辭せさることあり饑寒辭せす死亡辭せす、其民をして向ふ處に斃れて恨なからしむるもの統率者の其責に任する唯た立法の成文に準據して其德操に省る處なくして可ならんや、然るに現今我が先進上流士人の趨向は、德義操行地を拂ひ、細民の向ふ處を明ならしめす、又其歸賴する處を鞏からしめす、國法は土地の兼併を保護して、農商工の大部分は其耕土宅地を有資者に併有され民生の托する所其基礎なくして常に浮動し、國民の大半定業に安せず、然り、無情なる先進者は箇の剩民の天下に滿ちて衣食を得るに苦しむを見て轍ち曰く、盍そ出でて業を國外に求めざる、〓韓往くべし濠米移るべし、歐州列强移殖の例云々、墳墓の地を堅守し手を束ねて饑死を待つ、皇國の故俗非にして頑民誨へ難しと、嗚呼中心一點の情なきものは必す文明の賢者、皮相の摹傚に之れ走り其本源を顧みさるものは必す文明の達士、四千萬民生の托する處爾く其れ危し矣、我徒は曾て我が當局の移殖民を企つを見、中心之れを喜ろこひ其成功の一日も早からん事を禱れり、而して米濠の我が移民を防阻するに當り、當局が唯々然、諾々然、順次に手を歛めて、口實を左右にするを見、又た北方出稼の漁民商民に對し露人が常に殘酷なる取扱をなすを知りつゝ、當局が何の云爲する處なく看過し放然呆然手を束ねて口實を左右にするを見、皇國の現情は、實に第二の日本を興すべきの元氣を喪もい、先進上流者の德操なき、尋常を以て斯の民心を復興すべからさるを嘆し、今日に至り之れを討露の一擧に囘復せずんば、再ひ振興の期なきを認むるなり、卽ち强露を北方に敗り得は、東西南北我が移殖の事業勃然として起る、吾三十三