三十四徒は期して之を疑はず、剩民の饒多なる日本の如き、地藉の貧瘠なる日本の如き、而して其民人の義に激する日本の如き、諸公討露の機を逸せずんは、我國民たる者其死亡の榮何そ之れを辭せん、露に勝つの數我れにあり、諸公平和に抅々して、國民新進の氣象を阻み、國家の澎張を妨くる勿れ、是れ露を伐つの内政に及ぼす第二結果也、貧富の懸隔益ます甚たしきを加へ、國法の徧律なるに憤り、危激の學說を以て秩序を攬亂する者の事實を擧けで之れを諸公に問はん、我徒は必ず箇の國家の規劃を人道說に極論し、言ふて行ふべからさる底の理想を皷吹するを好ます、然れとも箇の國家規劃の善惡兩端を拉し、現今の推移を考へ我が將來を豫想せは善向の傾ならさるを疑はさるなり、凡そ一國一民族の消長は、其素因必ず遠源あり、宰相大臣の天下に臨む、蓋し0察せざるからす、皇國の既往を鑑み將來を徵すれは、公道公福の其民を齊ふせすして、國法天德を阻隔するの憾なからずんはあらす、我徒は三十餘年來の閥族政治、未た必しも悉く非なりと云はざるも其民力を養ふに於て、其民產を興こすに於て、其田制を策し、其經濟を圖る、大に誤れる所あるを責すんはあらず、諸公宜しく之れを察せよ、國家が國民生活の主要なる農業に對する法制は、寧ろ眞農業の大數を保護せす、却で眞農業者を窮苦ならしむるの觀あり、近く之を省みれは、明治初年土地所有權の附與地租改正ありてより以來の結果は地藉の國法の保護を受くる極めて深厚なるに反し、各小農の所有地は、順次に非農業者所謂る資產家の手に兼〓せられ、而して議院の開設、撰擧權の附與は、直ちに土地所有者が參政權を得るに至り、更に土地兼丼の激甚を加へ、今や全國地藉の大部を擧三十五