四十しと云はゝ我徒は一國の民生を盡し、一國の府縣を焦土たらしむるも、斷々乎として世界の輿論に抗して起たんのみ、諸公未た之れを首肯せさる歟論者の云ふが如き〓世界の輿論なるものは、纎弱浮薄にして一考に資するに足らず、彼れは我國が戰を好むが爲めに、世界の平和に防害を與ふ者なるが故に、兵力を以て之れに臨むと云はず、又た貿易を阻絕すと云はず、我れ敗を取れば其敗に乘して威を振るい、其利權を進めんと云ひ、勝を収むれは其勝を稱して禮を盡し、其利權を進めんと云ふ者也、文明柔和の頽俗、平和を以て東洋の頽勢を挽回するを期するは實に木に依て魚を求むるより難きなり、這箇文明の頽俗、歐米の權變的平和論下に昏醉する、其蒙愚亦た吾徒の一笑に値せず、諸公の内治に任し外交に處する、素より從來の宿弊一朝にして除くべからさるものありて存せり、吾徒亦た必しも諸公の責を問ふに、之れを其繼續事務の上に於てせず、唯其之れを變更改正するの任、一に諸公にありて、而して諸公の深く玆に勞するの煩なる、翻て其内外の急務を處するに、遲滞の痕迹あるを認むるを憾むなり、吾徒は諸公の巧に政黨を翻弄するを見て、大に諸公の術智あるを稱し、又た盲從妥恊の後、政友會の内訌伊藤侯の入閣を見て、政黨者流の骨魄氣節なきを嘆したり、諸公何そ是を以て自ら足れりとせんや、元老侯伯を拉して之れを〇〇に集め、禮を以て鍵鎖となし、怯露に耄する者をして、放まゝに言動すること能はさらしめたり、昨日政友會の伊藤侯たるもの、復た翻で樞密院議長の榮を辱ふし、平和言下怯露に耄して尊爵に蠢動を得さらしめしは是れ盖し諸公の曾て期する所たらずんはあらさるなきが四十一