四十六んで巷盜估人の輩となし、諸公の咨問に資するに足らすとなす所以なり、諸公にして其所決に依り動かすんば、箇の巷盜估人たる實業家を使令する、奴隷を使令する如くして可なり、是れある哉諸公克く之れを知り、而して復た茲に躊躇せす、今や既に廟議を決して内外の時局を處せりと、憶ふに露將の去りてより以來東洋の乾坤稍や沈靜なる如き者、或は其氣壓の欝積して脈發の期に近ける者には非さる乎諸公克く露人避戰の術中に魔せられ斯の大機を逸する勿れ、〓國載貝子歸りて、露國クロバト將軍來り、將軍去りて旅順に入り、滿州の諸要を巡り、復た旅順に入り、平和を聲言して歸程に上れり、此間時局の變還吾徒の聞く所多く機微に屬するを以て、諸公と之れを默了せん、然れとも其極東會議に於ける、平和の聲言下に於て、更に滿州韓境の兵備に專念なる者は、露國の用意知るべき而已、吾徒曾て之れを論せり、露國が滿州の返還に意なきは、關東州總督を旅順に置き、滿州一面の軍事行政を管せしめしに見るも明瞭なりと、乃ち露國の避戰に專念なる、諸公の强硬なる抗議に向て、一時其得占の一部を放棄するを難せさるべしと雖とも、滿州全部の畧奪を放棄する如き事は、斷して之れを諾せざるなり、露國が西比滿州の經營に向て費やせし處の費額は、現に十餘億留の巨額に達し、露國外債數十億留の强牛に當れり、斯の巨大なる外債は、露國國力の伸張に依りて、歐州諸强國間の市價と信用を支持せるも、滿州の權利を放棄して、自ら退縮の體度を取るに至らは、忽ち之れの支持の困難を來し、牽いて內政の紊亂となり、遂に敗亡の運に陷るものなり、露國當局の士人固より之れを知れり之れを知るが故に其避戰策下に滿州の放棄を敢てせさるなり、戰はさる四十七