淺野家文書方へも御約束被成間敷候、乍去小出和州ヘハ、少々被仰談、御同道被成候へく候、度々如申入候、必々無御沙汰成ほと御忍候て御出可被下候、恐惶謹言、(酒井忠勝) (花押)三月十八日二一四かめや後室訴狀(包紙ウハ書)「多羅尾殿先祖ノ〓〓かやうニ申上候ハ、おそれろ匁しく、めいさくこそんし候へとも、久し( H きことふて御さ候あいさ、御尺ミゑたち申ましく候あいさ申上候、さ(江戶)もんい申候、ううきゆいんゑとへひきこし申だふんよりの事ふて御さ候、(多羅尾忠雅)一御そんしかさるゝことく久八すりきりふて御さ候ゆへ、てまへおり申さす、はとふさしうへのかさか、さきさしまつ不のやうおる物まて、〓物公儀〓金去るそこゝあき中本をほより御ごりきの御予ヲかりもみりかいきや丹後カ)うに御さ候ゆへ、さて久八さんこととくしニ申やうハとや此ていふ(株) (三) (1),それ次六いゑいじとみちれ中候うつうハおやそ一もえらめふで候公儀4企あいこ、御しうちの御か2とうふり中やうこいふしくれ候さをいる兒弟,〓〓申ゆへ、こさくし申やうハ、久八ため、又いきやうたいとものため、〓多羅尾その上御とうきの御本うとうカを候へい、久しきるらえのいゑ、つ申し申候事ふて御さ候あいさ、とさくしことも、う〓用ニたち候て、あら内證をのいゑをとりたて申候ゆへ、御こうきおいせうともニたゝき申候(陸)ゆへニ、さんこおとも、此ことくこてまへつゝき申候ハ、とさくしうけとそんし候と、つふ〓〓申候、權之助一さて久八をさくしニ申ハ、こんのすけ事ハ、久八まさいこいさしおき候(と申候まゝこゝろく申候と申、久八にやり申候、久八〓ほさへ、こん円記養子,のすけへかいきようしこいぐし出候いまさらさんをなと申ふんハず淺野家文書めや後東京都町家ヲ取立