淺野家文書二二九大久保忠朝書狀以手紙致啓上候、然者貴樣儀、此已前能被成候由、被及聞召候付、與風御所望被遊候事、可有御座候間、左樣御心得可被成候、左候はゝ、何ヲ可被成候哉、御覺候能二三番御書付、御越可被成候、爲御心得、內證申進之候、以上、ヲ覽展朝大久保忠淺野光ニ能上內意傳フ(貞享二年)、九月廿三日(光晟)松平紀伊守樣(忠朝)大久保加賀守二三〇松平定綱意見狀寫お不へ「一今度御そいてやう之米石、申ニおよをぞ候へとも、別而奉行人御はけ公役なされ、てんド之城米ニおさき、まぜんたいせりなる御をなく之時、御肝要國中町,をぶきなされ候やう。御座候をとかんにやうニ存候。くぐるうよち拜領米ヲ利殖シ臨時ノ公役ニ應ゼシ町人百姓ノ利殖ハ高直ナル安ク貸利〓〓直(〓〓〓)自みやう之をそいい、い次うさもかうぢきニ候、そのなとこをふトこしもなそく御かさせ候者、こくちう之もの、よろこび可申候、とかく四もこーのえりへ、まうするで候其金銀米之ぜん之時分御やうふと、御たくるゑまうるへき儀ニ御座候、上方ニてもこし之御借用くるしからさる御事ニ候事、(他國)一御家中ニハ、いまさあうるへき衆、たくさん"御ざ候と相見ヘ申候、たこ數代儺く之氣にくら(候て、けんかくらきず申候、モたい、召召置候榮、憫肝要浪스んえんかんによニ候るうにん乘お不(も御座候架めしおうれ候事當座御くもちやくニて候間、もちろん之きに候、志うしなうらとうさの御やう物奉行なと之儀者、おおしく者、ふるき衆之內こて被仰付、相とゝのい候者、首尾よき御事ニ御座候、ふるき御家こて候間、けんまよろ存も御ざ候事ニ候、併大事之儀ハ、その人ニ相當之御そうらい可有御座候事、もちろんと候事、淺野家文書二九七上方ニテ少々ノ借用ハ苦シ家士ヲ憐浪人召抱ハ國持役二九七