淺野家文書さうひ申こそ道ニ而候まゝ、よく〓〓御心得候へく候、くとき事おうら、何事も〓〓〓れらへのろう〓〓とそんしられ、申遣候通ニめされ候而可給候、その上ニも、何うとそのかたおもこく候間、としより候せれらへ、いうふ苦勞をぅけ申され候とそんし候、つきよ片岡おと心ようおひ、そのうさめしつろひ候事、右府殿おと御心よあい申さす候ハヽ、このうさへよひよせ可申候、つ〓〓〓といせつにかうかうつとめ申ものニ候ぬゝ、もいふん〓〓とれらねんころテいさし、此方ニ成ともめしつりひ申へく候、申まてかく候へとも、此文人ニ御ミせおく、そのうさの心よよく〓〓御とめ候ハゝ、まんそく可申候、月日(ヽ脫カ)猶々申入候通、御きゝとけ之さん、早々御返事御申こし候ハゝ、あんと可申候ノ意ニ從二四二淺野長晟意見覺書(包紙ウハ書)「自德院樣ヨリ玄德院樣ヘ被進御覺書覺一每月朔日、十五日、廿八日、家中目見之者共ニ、いつものとくあい可被申候事、一家中ヘ振舞之儀、年寄共之外、ありき被申間敷事、手習無由斷可被仕候事、(株)一折々つゝ〓けいこ可然事、一鷹野ヘ之儀、月ニ五度より外ハ無用候事一大小性子小性よよらに、むさとまさる儀を申聞、2ろくるひ候ハゝ、其者可爲越度候事、不斷之形儀、橫目を付置候間、不形儀ニ候ハ杉田新兵衞おち可爲越度候、若兩人申候儀無承引候ひゝ、江戶へ兩人うさ〓可申越事、淺野家文書手習皷ノ替古鷹野ハ月ニ五度タ橫目