淺野家文書中可被成御成敗旨候事、ヽ付、爲〓中も、作毛不成仕合於有之ハ、兼而奉行(可相理事、一御陣へめしつれ候若黨小者等とりかへ乃事、去年之配當半分之通、かし可遣之、此旨於相背者、やり候者事ハ不及申、主人共よ可爲曲言事、右條々、於違背之輩者、可被處嚴科者也、(秀次朱印)天正廿年正月日淺野左京大夫とのへハ其〓中ノモノ耕作スベシ若黨小者等ノ取替ハ去年ノ配當半分二六一豐臣秀吉朱印狀覺(名護屋)運賃一大坂よりおこやまてうんちんの事、百石よ付て、冬い拾五石、夏ハ拾石、備前、そりは、さぬき、いよ、あハちより、おこやへうんちんの事、百石よ付て、冬ハ拾三石、夏ハ八石、豐臣秀吉朱印狀諸國ヨリ名護屋マデノ運賃一にきき國國、備後、備中よりおこやへ、百石よ付て、冬ハ八石、夏ハ五石、せきの戶よりおこやく百石よ付て、冬ハ五石、夏ハ三石、(前)多ノ一そうさよりおこやへ百石ニ付て、冬ハ三石、夏ハ貳石、-肥後よりおこやまて、百石ニ付て、拾三石さる(く候、右之旨、商人〓船方共ニ申聞、御定のうんちんよて可相屆事、(能登)のとよりおこやまてうんちん、百石ニ付て四拾石、-越前よりおこやへ、百石ニ付參拾石、淺野家文書