附〔寛政重修諸家譜〕十三百〓和源氏賴光流辻支流淺野長賢ろときよを、松平比御稱號〓あ比で、後代々あをを稱を、●長賢あかるき万吉民部大膳兵部少輔宮内少輔從五位下松平安藝守網長ク三男、母ハ某氏、〇事蹟下ニ載ス、항150鍋次郞玄蕃舍人●-長喬兵部少輔從五位下母ハ某氏、〇事蹟下ニ腋ス、女子母n某氏、松平安藝守吉長ろ養女、-女子母n某氏、毛利志摩守廣寬ク室、おりかを左京近江守長員從五位下實ハ松平安藝守宗恒ク三男、母ハ某氏、〇事蹟下ニ載ス、十三百●●某英之丞母は某氏、女子母ハ某氏、松平主計澄時み婚を約し、いまと嫁をもして澄時卒ばる〓より、細川和泉守立禮み嫁を約し、まさ配をにして離婚し、後戶澤上總介正親ク室とれふ、おり長容りぬ粂兵之助左京部母ハ某氏、明和七年生る、天明八年七月朔日ハしめ〓將〓〓〓まみゑでくまりる、室ハ松平安藝守重晟ろ女、元次郎某母ハ某氏、女子母と某氏、堀大和守親民ク室、某豐吉母ハ某氏、五九一