一女子某早世おりささ源三郞-長貞大學實ハ長純ク三男、母ハ某氏、長延ク嗣てなも、〇事蹟下ニ女子山田平助勝明ク妻、おh守春初政之丞長群三枝豐前守守歲ク養子となり、後兄っもとさろる る、●載ス、女子大屋主計通村ク妻、ぎ長房峯次郎依田兵藏信福ク養子ともり、後家まろるる、女子蜂屋喜三郞正愛ク妻、むろいら廣配健次郞f松前吉五郞廣具ク養子、長邦久次郞母ハ賴容ク女、〇事蹟下ニ載ス、女子女子上野〓次郞忠恕ク妻、むり1長光民五郞女子家紋丸に違鷹羽、重餅、あかほなりひろ長廣元祿七年八月二十一日兄內匠頭是短ク封地播財團赤穂郡井うちにをいて、私墾田三千石をわろちたまむ、寄合り列も、九月朔日はしめて常憲院殿り拜謁し、十四年三月十四日長矩り事ま坐し〓閉門きしめらを、宗家比領地を收公をらるゝにをよむて、長廣り采地もおさめらな、十錄